はじめに|昔話は“今話”になる
「昔話って、今の子どもにも意味があるんでしょうか?」 そんな問いを、保護者や保育者の方から受けることが増えました。
たしかに、今の子どもたちは、動画やゲーム、SNSなど、目まぐるしく変わる情報の中で日々を過ごしています。 けれど私は、昔話こそ、今の子どもたちに必要だと感じています。
なぜなら、昔話は“昔のこと”を語るのではなく、今を生きる子どもたちの心に寄り添う“今話”になるからです。
とくに、ウクライナ民話『てぶくろ』は、「誰を受け入れるか」「どう一緒に過ごすか」という問いを、遊びながら考えることができる、あたたかくて奥深い物語です。
『てぶくろ』は、子どもの心の鏡になる
『てぶくろ』には、ネズミやカエル、キツネ、クマなど、さまざまな動物が登場します。 それぞれが「自分と違う誰か」と出会い、手袋の中で一緒に過ごそうとする。 その姿は、まるで子どもたちが保育園や学校で、性格も背景も違う友だちと出会い、関わり合っていく姿そのものです。
限られた空間で、どう折り合いをつけるか。 どうすれば一緒にいられるか。 『てぶくろ』は、そんな“ミニ社会”の中で、子どもたちが自分の心と向き合い、他者と関わる力を育ててくれる物語です。
語りの力|子どもが心を開く瞬間
「うまく読まなきゃ」「飽きられたらどうしよう」 そんなふうに、語りに苦手意識を持つ方も多いかもしれません。
でも、子どもが本当に受け取っているのは、上手な読み方ではなく、「あなたにこの物語を届けたい」という気持ちと、声のぬくもりです。
私は、絵本を開いたまま読むのではなく、あえて一度閉じて、子どもの顔を見ながら語ります。「今日はおじいさんがてぶくろを落としたところまでね」
そんなふうに区切って語ると、大人にも余裕が生まれ、子どもも「続きが聞きたい」と自然に物語に引き込まれていきます。
語りは、子どもにとって“聞く”だけの時間ではありません。 それは、大人と子どもが心を通わせる、静かな対話の時間です。
私は語りの最中、子どもたちの目の動きや呼吸の変化をよく見ています。 ある子は、目を閉じてじっと聞き入り、ある子は小さくうなずきながら、物語の中の誰かに自分を重ねているように見えます。
そんなとき、私は「今、この子の心に何が起きているんだろう」と思いながら、言葉を選びます。
語りは、子どもの心の奥にそっと触れる行為です。 だからこそ、語り手自身が、自分の声と向き合い、物語と向き合い、子どもと向き合うことが大切だと感じています。
忘れられない、あの男の子の「ダメ!」
ある小学校で『てぶくろ』を語ったときのことです。 キツネが「入れて」と言う場面で、私は子どもたちに問いかけました。「みんなだったら、入れてあげる?」
半分くらいの子が「いいよ」と答えました。 もう半分は、「うそつかないなら」「食べないって約束したら」と、条件つきで受け入れる様子でした。
ところが、一人の男の子が立ち上がって、はっきりとこう言ったのです。 「ダメ!」
教室の空気がピンと張り詰めました。 私はやさしく尋ねました。「どうすれば入ってもいいと思う?」 けれど彼は、凄みのある低い声で言いました。「どうやってもダメ。絶対にダメ。」
私はその“ダメ”の奥にある何かを感じて、無理に話を進めることはしませんでした。「わかった。キツネは入れないでおこう。君が入れてもいいと思ったときに、話してね。」
彼はうなずき、それから最後まで一言も発さず、じっと物語を聞いていました。
語りが終わったあと、私は彼をそっと教室の隅に誘い、静かに尋ねました。「どうしても、キツネは入れたくなかったんだね」
彼はぽつりぽつりと話してくれました。 お父さんが騙されて事業に失敗し、家族は家を失ったこと。 お母さんがパートに出て、彼が幼い妹の面倒を見ていること。キツネは、彼にとって“父を騙した人”の象徴だったのです。
私は彼の肩にそっと手を置き、「そうなのね。たいへんだったね。君がいるから、お母さんもがんばれるんだね」と伝えました。 すると彼は、ぱっと顔を明るくして、「うん、ぼく、がんばる」と小さな声で、でもしっかりと答えてくれました。
物語は、子どもにとって“ただの話”ではありません。 ときにそれは、自分の現実と重なる鏡になります。 だからこそ、語り手は、子どもの心の動きに耳を澄ませながら、語る必要があるのです
人形劇の力|物語を“目で見る”ことで広がる世界
語りに慣れてきたら、次は人形劇にしてみます。 手袋と動物たちの人形が登場すると、子どもたちは目を輝かせて物語の世界に飛び込んできます。
手づくりで十分。人形劇はすぐ始められます
- カラー軍手に目や口を描いて、手袋そのものを主役に
- フェルトを動物の形に切って厚紙に貼り、割りばしをつけて簡易パペットに
- 片方だけ残った靴下に耳やしっぽを縫い付けて動物に変身
- 市販の指人形や100円ショップのグッズも活用できます
舞台も、部屋の一角に布をかけるだけで十分です。 「ここから上がステージだよ」と決めるだけで、子どもたちの想像力は一気に羽ばたきます。
ごっこ遊び|心と体で物語を“生きる
人形劇に慣れてきたら、今度は人形を手放して、自分の体で演じる「ごっこ遊び」へ。
ごっこ遊びが育てる、感情と対話の力
ある日、「この手袋が自分のだったら?」と聞いてみました。 一人の男の子は「ぼくのだったら貸さない」と即答。 隣の女の子は「でも、すごく寒かったら少しだけ貸す」と言いました。
「貸すときって、どんな気持ち?」と重ねて聞くと、男の子は少し黙ってから、 「ちょっとイヤだけど、ちょっとうれしい」と言葉を探しながら答えてくれました。
自分の中にある矛盾した気持ちを、言葉にしていくこと。 それが、子どもにとっての大きな成長の一歩です。
『てぶくろ』が投げかける、今の社会への問い
雪の野原に落ちた一枚の手袋は、よく見ると現代社会の縮図のようにも見えてきます。
- どこまで受け入れるか(多様性と共存)
- 自分の安心と、相手の安心をどう両立させるか(居場所感)
- 狭い場所でどう順番やルールを決めるか(社会性)
子どもたちは『てぶくろ』の世界で、こうしたテーマを遊びながら試し、 自分なりの「こうしたい」という小さな答えを重ねていきます。 それは、将来、社会の中で誰かと共に生きていくための“心の準備”でもあるのです。
三つのステップで育つ力と実践のヒント
【ステップ1:語り】
育つ力: 想像力、共感力、集中力 実践のヒント:
- 一度に全部読まず、「今日はここまで」と区切って語る
- 「もし君だったらどうする?」と問いかけを添えることで、子どもの思考が深まる
【ステップ2:人形劇】
育つ力: 空間認識、順番を待つ力、対話の基礎 実践のヒント:
- セリフを覚えさせようとせず、「ここで何て言いたい?」と子どもの言葉を引き出す
- 人形の動きや表情を通して、気持ちの変化を一緒に考える
【ステップ3:ごっこ遊び】
育つ力: 自己表現、他者理解、折り合いをつける力 実践のヒント:
- 配役を固定せず、役を入れ替えたり増やしたりして、いろいろな立場を経験できるようにする
- 「自分だったらどうする?」という視点を大切にしながら進める
おわりに|あなたの声が、子どもの心をあたためる
昔話は、過去の物語ではありません。 今を生きる子どもと大人が、一緒に考え、感じるための“今話”です。
『てぶくろ』は、ただの読み聞かせではなく、 子どもたちが自分の気持ちと向き合い、他者と関わる力を育てる“心の劇場”になります。
1日5分の語りでも、週末のちょっとしたごっこ遊びでもかまいません。 家庭や保育の中で、できる形から一つだけ試してみてください。
完璧でなくていいのです。 あなたの声で語られる物語は、子どもの心にそっと届きます。 そしてその声が、子どもにとっての“ぬくもりの手袋”になるのです。
私が語りを始めたのは、子どもたちの前で偶然、絵本を閉じて話し始めたのがきっかけでした。そのとき、子どもたちの目が、まっすぐ私の顔を見つめていることに気づいたのです。
「ああ、物語って、こうやって届くんだ」
それから私は、語りの力を信じて、現場で語り続けてきました。
物語には、子どもを変える力があります。 でもそれは、語り手の声を通してこそ、初めて“生きた物語”になるのだと思います。
どうか、あなたの声で、『てぶくろ』を語ってみてください。 その声が、子どもたちの心に、あたたかな灯をともしてくれるはずです。

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