絵本を読んだあと、どう活動につなげればいい?」「劇あそびってどう始めるの?」 そんな声を、保育の現場で何度も耳にしてきました。
絵本の読み語りは、子どもたちの心に物語の“種”をまく時間です。 でも、その種をどう育てていくか――そこに悩む先生や保護者の方は少なくありません。
私は、現場一筋55年。 絵本の読み語り、人形劇、劇あそび――子どもたちと一緒に物語を“生きる”時間を積み重ねてきました。 その中で感じるのは、良い読み語りがあったからこそ、もっと深めたくなる。もっと表現したくなる。 その気持ちが、劇あそびへと自然につながっていくということです。
この記事では、イソップ寓話『北風と太陽』を題材に、読み語りから劇あそびへとつなげる方法をご紹介します。 物語の深い理解から、感情の体験、そして表現力の育ちへ――その流れを、実際の現場の声とともにお届けします。
「うちのクラスでもできるかな?」 そんな不安を抱える先生や、「家でもやってみたい」と思う保護者の方にこそ、読んでいただきたい内容です。
子どもたちの心が動く瞬間を、一緒につくっていきましょう。
絵本読み語りは、表現力の芽を育てる時間
長年子ども達に対話式で絵本の読み語りを続けていますが、このスタイルはただ「読む」だけではありません。 子どもたちは、語り手の声の表情や間の取り方、登場人物の気持ちの変化を、全身で感じ取っています。
『北風と太陽』のような物語では、北風の怒りや太陽のやさしさ、旅人の戸惑いや安心――それぞれの感情が、声のトーンやテンポ、表情の変化によって伝わります。 その瞬間、子どもたちの中に「感じる芽」が生まれるのです。
この芽は、すぐに言葉になるとは限りません。 でも、心の中では確かに動いています。 「北風ってこわい」「太陽ってあったかい」「旅人はどうして脱がなかったの?」――そんな思いが、子ども自身の感情と重なりながら育っていきます。
だからこそ、読み語りは大切なのです。 物語を“聞く”だけでなく、“感じる”時間にすること。 それが、劇あそびへと自然につながる第一歩になります。
絵本選びのコツ
読み語りの力を最大限に活かすには、絵本選びもとても大切です。 絵本は、劇あそびの“食材”のようなもの。 表情が豊かで、感情が伝わる絵。 セリフが口にしやすく、子どもが共感できる言葉。 登場人物の心の動きが描かれていること―― そんな視点で絵本を選ぶと、子どもたちの「やってみたい!」が自然に引き出されます。 『北風と太陽』は、まさにその条件がそろった一冊です。
蜂飼耳/絵:山福朱実/出版社:岩崎書店
- 対象年齢:3歳〜小学校低学年
- 特徴:版画調の力強い絵と、詩的でありながら口語的な語りが魅力。
- 教科書掲載実績あり。劇あそびにも使いやすい構成です
『北風と太陽』の深読み|本当の強さとは?
絵本『北風と太陽』は、シンプルな構成ながら、幼児期に伝えたい“人との関わり方”の本質が詰まっています。 劇あそびに取り入れる前に、まずこの物語が何を語っているのか――深読みしておくことが、指導者としての大切な準備になります
力で押す北風、心に寄り添う太陽
北風は、力で旅人のコートを吹き飛ばそうとします。 でも旅人は、寒さに耐えるために、コートをもっとしっかりと身につけてしまう。 一方、太陽は、旅人の気持ちを変えようとはしません。 ただ、あたたかく照らし続けることで、旅人が自分の意思でコートを脱ぐのを待ちます。
この違いは、子どもたちにもはっきり伝わります。 「北風は怒ってる」「太陽はやさしい」――その感覚の中に、“本当の強さ”とは何かを感じ取る力が育っていくのです。
ワンポイントアドバイス劇あそびの前に、「北風と太陽、どっちが“つよい”と思う?」と聞いてみましょう。 「北風に決まってるよ」と答える子どもたちが多いのですが、隣同士で話し合っているうちに「強くても意地悪は良くないよね」「でもさ、強い方が勝つよね」と話が白熱してきます。子どもってすごいなあ、と思う場面に何度も出会います。
劇あそびへの導入|読み語りから自然につなげるコツ
絵本を読んだあと、子どもたちが「やってみたい!」と感じる瞬間があります。 その気持ちを逃さず、自然な流れで劇あそびへとつなげることが、保育者の腕の見せどころです。
『北風と太陽』は、感情の違いや動きの変化がはっきりしているため、劇あそびへの導入がとてもスムーズ。 ここでは、読み語りから劇あそびへ移るための具体的なコツをご紹介します。
子どもたちの「やってみたい!」を引き出す問いかけ
読み語りのあとに、こんな問いかけをしてみましょう:
- 「北風ってどんなふうに吹いてた?」
- 「太陽はどんな気持ちだったと思う?」
- 「旅人は、どうしてコートを脱がなかったのかな?」
- 「もし自分が旅人だったら、どうする?」
- 「北風と太陽、どっちが勝ったのかな?」
- 「太陽が勝った理由は何だと思う?」
こうした問いかけは、子どもたちの内側にある“感じたこと”を引き出すきっかけになります。 そして、「やってみたい!」という気持ちが自然に生まれたとき、劇あそびの準備はもう整っています。
ワンポイントアドバイス 「どっちが強いと思う?」という問いは、子どもたちの価値観を引き出す魔法の言葉。 答えに正解はありません。感じたことをそのまま受け止めましょう。
役の分け方とアレンジ方法
基本の登場人物は、北風・太陽・旅人・ナレーター。 でも、人数や年齢に応じて、風の精・光の精・雲・木々・空の声などを加えることで、全員が参加できる劇あそびになります。
役を決めるときは、子どもたちの個性をよく見てみましょう:
- 動きが得意な子 → 風の精
- 表情が豊かな子 → 太陽
- 静かに感じる子 → 旅人
- 物語を語るのが好きな子 → ナレーター
ワンポイントアドバイス 配役は“できること”ではなく、“やってみたい気持ち”を大切に。 自分で選んだ役は、責任感と表現力を自然に引き出します。
幼児向け完全通し台本『北風と太陽』
対象年齢:5〜6歳/演目時間:約10〜12分/人数:5人〜全員参加型対応
登場人物
- ナレーター
- 北風
- 太陽
- 旅人
- 空の声
- 光の精・風の精(人数に応じて追加可能)
シーン1:空の上の出会い
(舞台中央に北風と太陽。空の声は上手、ナレーターは下手に立つ)
ナレーター ここは空の上。風がふいて、光がさすところ。 北風と太陽が出会いました。
(北風、胸を張って登場。太陽は静かに微笑みながら現れる)
北風 おい、太陽!おまえはいつもぬるい顔して照らしてるけど、 ほんとうに強いのは、ぼくの風だ!
太陽 強さって、なんだろう? ぼくは、あたためるのが好きなんだ。
北風 あたためる?そんなの弱いやつのやり方だよ。 ぼくは、吹けばなんだって動かせる。 それが、ほんとうの力だ!
太陽 動かすことと、届くことはちがうよ。 ぼくは、心に届く光を信じてる。
空の声 ふたりは、どちらが強いか、くらべることにしました。 ちょうど、下の道を旅人が歩いています。
(旅人、ゆっくりと舞台下手から登場。コートを着て、うつむきながら歩いている)
北風 よし!あの旅人のコートをぬがせた方が勝ちだ!
太陽 いいよ。ぼくは、ぼくのやり方でやってみる。
シーン2:北風の挑戦
(北風、風の精たちとともに構える。旅人は中央で立ち止まり、コートを抱えている)
ナレーター 北風は、空いっぱいに息をすいこみました。 風の精たちも、力を合わせて吹きはじめます。
北風 いくぞーーーっ!ビューーーーッ!!
風の精たち ビューッ!ビューッ!もっと吹けー!
(旅人、風にあおられながらよろける)
旅人 うわっ…さむっ…! 風が…いたい…! コートがとばされそう…でも…ぬいだら…もっと寒い!
北風 もっとだ!もっと吹け! この風なら、ぜったいにぬぐはずだ!
旅人 やめて…やめてよ… なんでこんなに吹くの? ぼくがなにか悪いことしたの?
旅人 寒い…こわい… でも…ぬげない… ぬいだら、もっとつらくなる気がする…
空の声 北風が吹けば吹くほど、旅人はコートをぎゅっとだきしめました。 力では、心は動きませんでした。
シーン3:太陽の挑戦
(太陽、静かに照らし続ける。光の精たちがゆっくり舞う。旅人はうずくまったまま)
太陽 ぼくは、ここにいるよ。 ずっと、照らしてる。
(旅人、少しずつ体を起こす。顔を上げて太陽を見る)
旅人 …なんで、光をくれるの?
太陽 ぼくは、光だから。
旅人 さっきは、こわかった。 風がつよくて、いたかった。 でも…今は、あったかい。
太陽 うん。
旅人 あなたは、なにも言わないのに、あったかい。 ぼくの中が、ぽかぽかしてる。
太陽 それなら、よかった。
旅人 まだ、ぬげないけど… あるいてみたい。 この光のなかを。
シーン4:川と水浴び
(旅人、太陽の光に包まれながら、舞台下手にある川の前に立つ)
旅人 このコート、ずっと着てた。 寒いときも、こわいときも。 でも…もう、いらないかも!
(旅人、コートを脱ぎ、ポンと地面に置く)
旅人 わーっ!水だ!川だ!
(旅人、川に飛び込むように走る)
旅人 つめたい!でも、きもちいいーっ! ぴちゃぴちゃ!ぴちゃぴちゃ! ぼく、うまれかわったみたい!
旅人 もう寒くない! もうこわくない! ぼく、あるくよ!ジャンプしてもいい?
太陽 もちろん。 あなたの歩きたいように、歩いていいんだよ。
旅人(ぴょんと跳ねながら) 太陽さん! いっしょに歩こう! ぼくはもう、こわくない!
シーン5:気づきと結末
(北風、舞台奥から静かに出てくる)
北風 ぼくは、風で動かそうとした。 でも、旅人は動かなかった。 太陽は、なにも言わずに照らしただけ。 それで…旅人は、自分で動いた。
北風 …勝ったのは、おまえだ。 強さって、力じゃなかったんだな。
太陽 ぼくは、ただ照らしただけ。 なにかをさせようとは思わなかった。 でも、光が届いたなら―― それは、心が動いたから。 それが、ほんとうの強さだと思う。
空の声 こうして、勝負は決まりました。 勝ったのは、太陽。 でも、ほんとうに強かったのは―― 自分で決めて歩き出した、旅人かもしれません。
ナレーター 北風は、風を吹き続けます。 太陽は、光を照らし続けます。 そして旅人は―― 自分の足で、歩き続けます。
全員(力強く) おしまい。
劇あそびを成功させる5つのポイント
劇あそびは、子どもたちの「心の動き」が見える時間です。 台本がどんなに良くても、その子が“自分らしくいられる場”にならなければ意味がありません。 ここでは、私が現場で大切にしている5つのポイントをご紹介します。
① 役の決め方|「やってみたい」気持ちを引き出す
役を決めるときは、希望を聞く前に、物語の世界を一緒に感じる時間をつくります。 「このお話、どんな気持ちになるかな?」と問いかけると、自然と「やってみたい」が出てきます。
希望が重なったら、くじ引きや交代制にしてもOK。 大切なのは、「どの役も大事」「見てるだけでもいいよ」と伝えること。 安心して選べる場をつくることが、表現の第一歩です。
② セリフの覚え方|動きと気持ちをセットにする
幼児にとって「覚える」は苦手でも、「感じて話す」は得意です。 セリフは動きとセットで覚えると、自然に口から出てきます。
たとえば旅人の「さむっ!」は、コートをぎゅっと抱きしめながら。 太陽の「ぼくは、ここにいるよ」は、両手を広げてゆっくりと。
セリフカードは色分け+絵付きにすると、視覚的にも入りやすいですよ。
③ 緊張への対応|「見てるだけでもいいよ」の魔法
「やりたくない」「恥ずかしい」と言う子には、無理に役を与えないことが大切です。 「光の精で動くだけでもいいよ」「見守る役もあるよ」と伝えると、安心して関われます。
不思議なことに、見ているうちに“やってみたい”が芽生える子が多いです。 そのときは、すぐに交代できるようにしておくと、自然な参加が生まれます。
劇あそびは、その子のペースを尊重する場であることを忘れずにいたいですね。
④ 衣装の工夫|身近なもので“なりきる”楽しさを
衣装は、特別なものより“自分でつくれるもの”が楽しいです。 身近な素材で十分に雰囲気が出ます。
- コート:おうちのシャツや布を巻くだけ
- 光:黄色いスカーフや紙テープ
- 風:青いリボンやビニールひもをふわっと
「これがぼくのコート!」「わたしの光!」と、自分の役に誇りを持てるようになります。 衣装づくりも、表現の一部として楽しんでほしい時間です。
⑤ ふりかえり活動|心に残ったことを言葉にする
劇あそびは、子どもが“感じる”時間です。 演じることで心が動き、その余韻が残っているうちに、ふりかえりの時間をつくることがとても大切です。
私は現場でいつも、劇のあとに10分だけでも「感じたことを話す時間」を意識して設けています。 言葉でも、絵でも、沈黙でもかまいません。 「こわかった」「うれしかった」「光になれてよかった」――そんな一言が出てくるだけで、劇あそびが“自分のもの”になります。
このふりかえりの時間があるかないかで、次の表現へのつながり方がまったく違ってきます。 だからこそ、ほんの少しでもいい。心に残ったものを、外に出す時間を、ぜひ意識してみてください。
よくある質問(Q&A)
劇あそびを実践していると、保育者・親・地域スタッフの方からいろいろな質問をいただきます。 ここでは、現場でよく聞かれることに、私自身の経験をもとにお答えします。
Q. 5歳児でもセリフを覚えられますか?
A. はい、覚えられます。ただし「覚える」よりも「感じて話す」ことを大切にしています。 セリフを動きとセットにしたり、絵や色で台詞カードを工夫すると、自然に口から出てくるようになります。 「セリフ=気持ちの言葉」として扱うと、子どもたちは驚くほど表現してくれます。
Q. 参加したくない子にはどう対応すれば?
A. 無理に役を与えないことが大切です。 「光の精で動くだけでもいいよ」「見守る役もあるよ」と伝えると、安心して関われます。 見ているうちに「やってみたい」が芽生えることも多く、そのときに交代できるようにしておくと自然な参加が生まれます。
Q. 保護者への説明はどうすれば?
A. 上演前に「この劇は、子どもが自分で考えて動く力を育てるものです」と伝えると、保護者の理解が深まります。 「うまく演じること」よりも「心が動いたこと」を見てほしい、と一言添えると、温かいまなざしで見守ってもらえます。
Q. アドリブやセリフの変更はOK?
A. 子どもが自分の言葉で話したくなったら、それは成長の証です。 台本は“土台”として、自由な表現を歓迎しています。 「その子らしさ」が出る瞬間こそ、劇あそびの醍醐味です。
Q. 衣装や小道具が準備できないときは?
A. 身近なもので十分です。 コートは大人のシャツ、光は黄色い布、風は青いリボンなど、家庭や園にあるもので工夫できます。 「自分でつくる」ことが、役への愛着にもつながります。
まとめ|子どもたちの心に届く劇あそびを
『北風と太陽』の劇あそび台本は、ただの“演目”ではありません。 それは、子どもたちが自分の気持ちを感じて、選んで、動く時間です。
太陽のように、ただ照らすだけで心が動くこと。 旅人のように、自分で決めて歩き出すこと。 北風のように、自分のやり方を見直す勇気。
劇あそびは、子どもたちの「今の心」がそのまま表れる場です。 うまく演じることよりも、その子らしさが出ること。 台本は“土台”であり、命を吹き込むのは子どもたち自身です。
この台本と実践ノウハウが、保育・家庭・地域の中で、 子どもたちの心に届くようにと願っています。
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