アンデルセン童話を子どもたちと劇で取り組んできた私が、特に胸に残っているのが「パンを踏んだ娘」です。この物語を題材にワークショップや小さな演劇をしたことで、子どもたちの表情が驚くほど豊かになった場面が何度もありました。単に文章や教訓を与えるのではなく、体験を通じて子どもたちが自分の心と向き合い、他者の痛みや喜びに共感する姿を見るたび、「物語の力」を感じています。
物語の背景とテーマ
『パンを踏んだ娘』の主人公インゲルは、美しいけれど高慢な少女です。彼女は里帰りの途中、新しい靴を汚さないために持っていたパンをぬかるみに投げ入れ、それを踏んでしまいます。この行為が神を冒涜するものとされ、インゲルは地獄に落ちる罰を受けます。しかし、最終的に灰色の小鳥に生まれ変わり、自らの罪を償う行動を続けた後に天国へと召されます。
毎年、劇団の子どもたちと一緒に「パンを踏んだ娘」の劇をつくります。インゲル役の子が「なんでパンを踏んではいけないの?」と問いかけ、稽古のたびに自分の言葉で考えました。終演後、「昔、私は友だちの気持ちを考えずに行動してしまったことがある。インゲルに共感できた」と感想を書いてくれた子もいました。ただ罰を受ける話ではなく、「間違えてしまったとき、どうやってやり直せるか」を子どもたち自身が模索してくれるようになったと感じます。
教育的視点: 子どもに伝えるべき教訓
物語は、子どもたちに以下のような教訓を伝えるのに役立ちます。
高慢さを避ける: 他人や状況を見下す行動がもたらす結果について考える。
責任を取る姿勢: 誤りを認識し、それを改善する努力の大切さ。
謙虚さと共感: 自分の行動が他者や社会にどのような影響を与えるかを考える習慣を育てる。
インゲルの物語を通じて、道徳的な価値観を共有し、子どもたちが日常生活での自己反省や行動改善を学べる場を提供できます。
学校や児童館での活用方法
私の実践例
物語を読み聞かせたあと、子ども同士で「もし自分ならどうした?」と語り合うグループディスカッションを必ず設けています。あるグループでは、インゲルではなく、自分自身がパン屋の夫婦や天国の鳥だと考えた子もいました。「僕ならインゲルをゆるしたい」と涙ながらに話した子の姿に、場が一瞬静まり返りました。
劇を作る過程では、登場人物の気持ちを深堀りするため、実際にぬかるみを再現したセットを使いました。靴や足が泥で汚れる感覚を体験したことで、「きれいな物を守りたい」「でも、大事なものは何だろう」と新しい問いが生まれました。
観劇後には、家で親子で物語について語り合う宿題を出しました。ある保護者の方から「娘が“どんなに失敗しても、やり直せることがある”と話してくれました」と感想をもらい、家庭でも自発的な対話が広がっていると実感しました。
子ども達の声を取り入れる 沼役まで登場!
「こんな怖い話、好きじゃない」「もっとおもしろいのがいい」「先生、ほんとにやるの?!」と言っていた子供達ですが、役を決めて稽古が進んでくると、雰囲気が変わってきました。「案外、おもしろいね」「インゲル、大嫌いだったけれど、かわいそうになっちゃった」「灰色の小鳥って誰なの?」「インゲルが変身したんじゃない?」「じゃ、インゲルらしく飛ばなきゃよね」「インゲルの声で鳴くから(インゲル役の子に向かって)○○ちゃん、鳥ならどんな声を出す?」「先生、沼役も作ってよ。オレ、インゲルの足を引き摺り込みたいから」
台本にはないことまで言い出しました。「どうして沼になりたいの?」「そこまでやらなきゃ、インゲルはわからないあからさ」と言ってきます。なるほど、沼の気持ちを表すのも良いものだと思って、新たなに沼役を作りました。
小道具作りはありもので手作り
小道具作りは、なるべくお金をかけないで手作りにすることを大事にしています。材料は家にあるもの、お金をかけても、せいぜい100円ショップで買えるものぐらいにしています。
- 紙で作る灰色の小鳥: 折り紙や画用紙で小鳥を作成。
- 背景画を共同で制作: 地獄や天国、パンを踏んだ場面を模造紙に描き、舞台の装飾に。
- 新聞紙で作る沼:新聞紙をくしゃくしゃにして床に散らすように置く。最近は新聞を取っていない家庭があるので、大量の新聞紙を集めるのは保護者にお願いする。
保護者の声 劇を通して子どもに教えられた
こんなこわい話を劇にしてどうするのだろうと思っていましたが、違いました。インゲルは悪いことをしたのだから罰を受けるのは当然。説教の道具に使っていたのですが、違いました。子どもが家でセリフ練習の相手役をしているとき子供に言われてはっとしました。「お母さん、台本をよく読んでよ。インゲルは再生するんだよ」子どもを見直しました。
視覚化と持続的効果
子どもと創る舞台を通じて、「物語の力」と「心の表現」に出会ってきました。 このブログでは、小学校や地域でできる“素朴でも心を動かす演劇”の方法を紹介しています。 演劇は、誰もが語れる表現です。初心者の先生、子どもたちの指導者にとって、少しでもお役に立てれば嬉しいです。 お問い合わせ・ご感想はお気軽にどうぞ♪
教育の現場では、視覚的な要素が子どもの記憶や理解を助けます。そのため、物語の挿絵や、劇の面写真を展示し、家庭でも物語について話し合える機会を作る工夫が有効です。また、物語を元にした活動を定期的に行うことで、持続的に価値観を浸透させられます。
物語は読むだけでなく、体験し、語り合い、心で感じてこそ、子どもたちの中に生き続けます。「パンを踏んだ娘」を通して見えてきた、子どもたち自身が成長する姿をこれからも伝えていきたいと思います。同じような現場体験やアイデアがあれば、ぜひ共有してください。
劇団天童 浜島代志子
gekidantendou@gmail.com http://gekidantendou.com
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