グリム童話はこわくない。SELと感情教育に活かす“生きた教材”。劇あそびや読み聞かせを通して、子どもの心を育てるSEL実践のヒントを紹介します

グリム童話

📌 本記事は著者の55年以上の演劇・語り芝居の現場体験に基づく個人の見解です。実践の際は各現場の状況に合わせてご活用ください。

✅ この記事でわかること

  • 実践例①:『赤ずきん』で“怖さ”を言葉にできた瞬間
  • グリム童話の本質とは?
  • SELと童話教育の関係
  • 現場からの体験談|子どもが変わる瞬間

「グリム童話って、ちょっと怖いですよね。こんな怖いお話を子どもに聞かせていいのでしょうか」 保育園、幼稚園の先生から、私は何度も尋ねられました。

たしかに『赤ずきん』はオオカミに飲み込まれ、『ヘンゼルとグレーテル』では魔女が二人を食べようとします。ここだけ切り取ってみれば、残酷このうえないおはなしです。

先生方が、こんな酷いおはなしを子どもに与えていいのだろうかと、躊躇する気持ちはよくわかります。

だいぶ前にほんとうはこわいグリム童話というような本が出版され、グリム絵本が図書館の本棚から姿を消したことがあります。私にとっては大事件でした。

今、出版されている絵本に比べれば、グリム童話には“怖さ”や“残酷さ”が描かれています。外的には残酷に見えてもほんとうは心の内のことを物語のスタイルで語っているのです。

私も、はじめのうちは、こんな残酷なお話を子どもにしてもいいのだろうか、子どもを怖がらせるだけではないかと心配でした。

でも、そんな心配は要らないと子ども達が教えてくれました。

私は、松戸でおはなしキャラバン活動とその後は劇団天童を主宰し、55年間、全国の学校・ホール・児童館で子どもたちと向き合ってきた中で、何度も忘れられない瞬間に出会いました。

たとえば、松戸市の小学校1年の教室で『赤ずきん』の劇あそびをしたときのことです。オオカミに追い詰められた場面で、赤ずきん役の女の子が、言葉を絞り出しました。

声は震えていましたが、オオカミ役の男の子の顔をきりっと見つめて言いました。

「こわい……でも、わたし、逃げたくない……」

台本にはないセリフでした。その瞬間、教室の空気がすっと変わりました。

子どもたちは顔を見合わせ、「セリフじゃないこと言ってる」「すごい!」「がんばれ、赤ずきん」「オオカミに負けるな!」

「わかった。わたし、あんたに食べられない」 赤ずきん役の女の子は、オオカミ役の男の子にぐいっと近寄りました。

「赤ずきん、がんばれ」「オオカミ、負けるな。赤ずきんを食っちまえ」こども達は、赤ずきん派とオオカミ派にわかれて、大声で応援合戦が始まってしまいました。

担任の先生は、「どうしますか、止めさせますか?」と私に聞かれました。

「大丈夫です。このままでいいです。子ども達の感情の動きを見る絶好のチャンスです」「え、でも・・・」先生の戸惑いをよそに、子ども達は、赤ずきん派VSオオカミ派にわかれて睨みあいを続けました。

これ以上、放っておいたらホンモノのつかみ合いになるという緊張が高まったとき、私はさっと割って入りました。

「ちょっと待って。赤ずきんちゃんに聞くね。お話ではオオカミに飲み込まれるのよね。どうして、やめたの?」

「だって、わたし、いやなんだもん。生きていたいんだもん」その声は真剣、目もキリッとしていました。

「生きていたいのね?」「そうよ、わたしね、オオカミに負けたくないの!絶対に!大きく息を吐いて言いました。

女の子の声が教室中に響き渡りました。赤ずきん派の子ども達が手を叩くと、オオカミ派の子ども達も大きな拍手をしました。

「いいぞ、赤ずきん、それでいいんだ。オオカミなんかに負けるな」

その時、オオカミ派に混じって大声をあげていた男の子が言いました。「なあ、みんな、もういいかな。劇、やろうよ」

「やろう、やろう。」子ども達は、途中で止まってしまった場面から劇を再開しました。

今度は、物語のとおりに劇を進めました。どの子も感情がこもったセリフを言い身体を使って表現しました。ほんとうに生き生きした劇あそびが展開されました。

もし、劇を止めていたら、筋書きどおりにやりなさいと子ども達に言っていたら、筋書きどおりに進んでいたでしょうが、子どもの感情を引き出すことはできなかったと思います。

脱線してもいいのです。脱線の中に子どもの感情の動きを見ることができる、子どもの素の顔を見ることができますから。

子どもは賢い。おとながブレーキを踏まなくても、ちゃんと戻ってくるのです。3分だけでいいから脱線させてあげてください。

ただし、3分以上の脱線は、収拾がつかなくなることがありますので気をつけてください。

大混乱になったらどうする?先生が狩人役になって治める

不登校の中学生の子ども達の授業で「赤ずきん」をやったときのことです。

男子のオオカミ軍団が赤ずきん軍団を追いかけていたのに、「オオカミなんかこわくない。やっつけようよ」威勢の良い女子生徒が、立ち止まって叫びました。

「そうよ」女子生徒は、逃げるのをやめて、オオカミ達を追いまわし始めました。男女の中学生20人くらいが教室を走りまわるのですから、足音、息づかいは半端じゃなくすごいです。

怒涛のごとく走り回る生徒。おろおろする先生方4人。私は、小道具の鉄砲を肩にして大声で歌いながら教室の隅から登場しました。

「ヤッホヤッホー 狩人さまのお通りだ。森の番人、狩人だ」

生徒達は、あっけにとられ一瞬、しんとしました。「こら、オオカミ、手をあげろ!」鉄砲をかまえると男子生徒は一斉に手をあげました。

誰かが、「ズドン」と鉄砲を打つふりをすると、男子は一斉に床に転がりました。

混乱が起きたら、やめなさい、と制しても効き目はありません。劇の中の混乱は劇の中で治めるのがベストです。

先生も役者になって子ども達の中に入っていくと、たいていは受け入れてくれるのです。物語の力、劇の力は偉大です。

グリム童話は、子どもたちの心を育てる“生きた教材”だということを子どもが教えてくれました。

本記事では、グリム童話の本質と教育的価値、そして、現場での体験を通して、童話が子どもの心にどう働きかけるのかをお伝えします。

Q. なぜグリム童話は“怖い”のに教育に良いのか?

A. 怖さは“避けるもの”ではなく“感じるもの”

子どもたちは日々、嬉しい・悲しい・悔しい・怖いといった感情を経験しています。けれど、それを言葉にするのは意外と難しいもの。特に「怖い」という感情は、否定されたり、避けられたりすることが多いです。

でも私は、55年にわたる演劇と絵本教育の現場で、何度も見てきました。怖さは、子どもが自分の心と向き合うための大切な感情です。それを感じ、言葉にし、他者と分かち合うことで、子どもは一歩ずつ成長していきます。

実践例①:『赤ずきん』で“怖さ”を言葉にできた瞬間

💡 現場からのポイント

子どもたちが物語の中で「選択する場面」を体験すると、思考力・共感力・自己表現力が自然と育まれます。語り芝居は、答えを教えるのではなく、子ども自身が考える時間を生み出す場です。

たとえば、ある保育園で『赤ずきん』の劇を行ったときのこと。赤ずきん役に選ばれた女の子は、普段はおとなしく、自分の気持ちを言葉にするのが苦手でした。

オオカミに出会う場面で「こわい…でも、おばあちゃんに会いたい」とセリフを言う練習を重ねるうちに、「私も、昨日お母さんに怒られて悲しかった」と、自分の気持ちを語り始めたのです。

劇の中で怖さを演じることで、彼女は自分の感情を受け止め、言葉にする力を身につけていきました。発表会では堂々とセリフを言い切り、観客の保護者から大きな拍手が送られました。

✳︎「あかずきん」浜島代志子・文 山本志津・絵 えほん教育協会刊

絵は100円ショップで買った折り紙を切って作っています。子どもが簡単に絵本を作れます。ぜひ、やってみてください。上手に作ることより、楽しんで作ることが大切です。

実践例②:『ヘンゼルとグレーテル』で“怖さ”を乗り越えた男の子

別の幼稚園で『ヘンゼルとグレーテル』の読み聞かせをしたときのこと。 魔女が登場する場面で、年中の男の子が泣き出しました。

先生方は心配しましたが、私はそっと語りかけました。「怖かったね。でも、ヘンゼルはどうしたかな?」

すると彼は涙をぬぐいながら「勇気出して逃げた」と答えました。その後、「ぼくも、怖い夢見たけど、朝になったら大丈夫だった」と話してくれました。

✳︎「ヘンゼルとグレーテル」文・浜島代志子 人形制作・構成 浜島代志子 絵…赤峰史郎 えほん教育協会 刊

人形劇で公演した人形を撮影して絵本を作りました。人形が立体的なので臨場感があり、子ども達に人気があります。

Q. グリム童話の“怖さ”は、子どもに悪影響では?

A. いいえ。怖さは“心の成長のきっかけ”になります

グリム童話の“怖さ”は、ただの恐怖ではありません。それは、子どもが自分の感情に気づき、乗り越える力を育てるための大切な要素です。

怖さを避けるのではなく、感じて、語って、受け止める場を教育の中にこそつくっていきたいのです。

グリム童話の本質とは?

──子どもの心に“生きる力”を灯す物語

グリム童話の本質は、「人間の本質を子どもの心に語りかけること」です。

善と悪、勇気と恐れ、孤独と助け合い—— それらは、子どもたちがこれから生きていく社会で必ず出会う感情や出来事。グリム童話は、それを“物語”という安全な枠の中で体験させてくれます。

しかも、ただ教訓を押しつけるのではなく、子ども自身が「怖い」「悲しい」「うれしい」「どうしよう」と感じながら、物語の中で選び、迷い、気づいていく。心で考え、心で学ぶことができるのが、グリム童話の力です。

SELと童話教育の関係

──物語の中で、子どもは“自分の心”に出会う

SEL(社会性と情動の学習)は、子どもたちが自分の感情を理解し、他者と協力しながら、健やかに生きる力を育てる教育です。私は、劇団天童として長年現場に立ち、確信しています。SELは、童話の中でこそ、自然に育まれるものです。

SELの5つの領域とグリム童話の対応

SEL領域 グリム童話の例 教育的ポイント
自己認識 赤ずきん 怖さ・安心・後悔などの感情を言語化する練習に
自己管理 ヘンゼルとグレーテル 不安や衝動を乗り越える力を描く
社会的認識 星の銀貨 思いやり・無償の愛を感じる場面に
関係構築 ブレーメンの音楽隊 仲間と協力する喜びを体験する
責任ある意思決定 白雪姫 自分の選択がどう影響するかを考えるきっかけに

私は、子どもたちが物語の中で泣き、笑い、迷い、選び、そして成長していく姿を何度も見てきました。その姿は、まるで“心の稽古”のようです。

童話教育は、SELを教えるための手段ではなく、SELそのものを体験する場です。だからこそ、物語を語ること、演じること、感じることを、もっと教育の中に取り入れてほしいと願っています。

子どもたちの心は、物語の中で、そっと動き出します。それを見守るのが、私たち大人の役割なのです。

現場からの体験談|子どもが変わる瞬間

『赤ずきん』で“怖さ”を言葉にできた女の子

セリフ練習を通して、感情を語り始めた女の子の変化をお知らせします。場面は、赤ずきんが、おばあさんの家に行った時のこと。

赤ずきん役は、5歳の女の子、ミオちゃん。「わたし、赤ずきん、やりたい」自分から名乗り出ました。はきはきしていて可愛いらしい顔立ち。赤ずきん役にぴったりの子です。

オオカミは、おばあさんを飲み込み、おばあさんのふりをしてベッドに潜り込んでいる。赤ずきんは、手に花を持って歌いながらやってくる。

セリフは、「こんにちは、おばあさん。わたし、赤ずきんよ。ケーキと葡萄酒を持ってきたわ」です。

ところが、いつも元気なこの子が何も言わないのです。おどおどして肩が震えています。

「どうしたの?こんにちは、おばあさん・・・でしょ?」私は声をかけました。ミオちゃんは、目に涙をためています。

私の言い方がきつかったかな、責めているように聞こえたかな。「ね、ミオちゃん、元気に言ってごらん。いつものように」

ますますミオちゃんは肩を落とし手の持った花束を床に落としてしまいました。「・・・・言えない」目にはうっすら涙が浮かんでいます。

私は焦りました。何がいけなかったのか、どうしてミオちゃんはこんなになったの。昨日まではちゃんと言えたのに」

ミオちゃんは、とうとう泣き出しました。私も泣きたくなりました。その時、ミオちゃんが私の耳にささやきました。

「あそこにオオカミが寝ている。わたし、こわい。」その声を聞くと、オオカミ役のすぐるくんが首をもたげて言いました。

「ウヲー オオカミだぞ」これを聞くとミオちゃんは、ほんとうに泣き出し、保育室の隅っこに走って行きうずくまってしまいました。

「こわいこわい。もうやだ。赤ずきん、やりたくない」ミオちゃんは、激しく泣きじゃくり、小道具のケーキと葡萄酒を床に投げ出してしまいました。

こうなったらどうにもなりません。この日は劇の稽古は無しにしました。

ミオちゃんのお母さんに様子をお話ししたら、意外にもお母さんは喜ばれたのです。「うちの子、泣いたのですね。よかったです。赤ずきんをやらせてもらってよかったです」

「ミオは、4人兄弟の長女。いつも下の子の面倒をみるし、食事の時はを助けてくれるので、つい、頼りにしてしまうのです。あの子は、泣きたい時も泣けないのだと思います」

ほんもののでオオカミではないと知っているけれど、赤ずきんの気持ちになって感情が溢れてしまったのです。

こんな時、先生はどうすればいいの?

「ほんもののオオカミではないから大丈夫」と声をかけるより、ミオちゃんが怖がっているのだから、ミオちゃんの気持ちになって、「こわいね、オオカミ、こわいね」と、寄り添い、受け止めてあげると良いです。

それからの稽古は、同じ場面になると、ミオちゃんのセリフで止まってしまいます。そんな時は、先生がセリフを言ってあげましょう。ミオちゃんは何も言わなくていいのです。

こうして本番です。ホールに保護者の方も椅子に座って舞台を見つめていました。いよいよ、あの場面です。子ども達も私もミオちゃんのお母さんもドキドキしながらミオちゃんを見つめました。

ミオちゃん、泣くかな、大丈夫かな?なんと、ミオちゃんは、大きな声で言いました。「こんにちは、おばあさん。わたし、赤ずきんよ。ケーキと葡萄酒を持ってきたわ」

ホールにいた全員が拍手喝采です。私は舞台袖で泣いてしまいました。ホールのいちばん後ろに座っていたお母さんも泣いていました。

ミオちゃんは、小さな胸に押し込めていた感情を稽古の中で吐き出し、すっきりしてセリフが言えたのです。

この小さな変化は、SELの「自己認識」と「自己表現」の大きな一歩。 怖さを隠すのではなく、言葉にして、誰かに伝えること。それが、彼女の心に“安心”と“自信”を育てました。

『白雪姫』で“感情を映す鏡”になった男の子

王妃の怒りに、そっと寄り添った男の子がぼそっと言いました。「王妃って、ほんとは悲しかったんじゃないかな」その言葉を聞いたとき、私は胸がじんと熱くなりました。

小学校低学年の劇づくりの時間。『白雪姫』の配役を決めるとき、ある男の子が「王妃をやりたい」と手を挙げました。 周囲はざわつきました。

「えっ、悪い人なのに?」「女の役だよ?」 でも彼は静かに言いました。「王妃の気持ち、ちょっとわかる気がするから」

練習が始まると、彼は王妃のセリフを何度も繰り返しながら、表情を作っていきました。

「鏡よ鏡、この世でいちばん美しいのは誰だえ?」 その言い方は、怒りよりも、どこか不安げで、寂しそうでした。

ある日、彼がぽつりと語ってくれました。「王妃って、白雪姫がきれいで、うらやましくて、でも自分も認めてほしくて……。 なんか、ぼくも弟がほめられると、ちょっとだけ、そういう気持ちになる」

その瞬間、私は彼が“感情を映す鏡”になっていることに気づきました。王妃の複雑な心を、自分の経験と重ねて理解しようとしていたのです。

本番では、彼の王妃は、ただの“悪役”ではありませんでした。 嫉妬と孤独、そして認められたいという切なる願いが、舞台の空気を震わせました。

観客の先生が終演後に言いました。「王妃の気持ちが、初めてわかった気がしました。あの子の演技、すごかったね」

SELの「社会的認識」は、こうして育ちます。 他者の感情を想像し、理解しようとする力。それは、物語の中でこそ、子どもたちの心に深く根を張るのです。

まとめ:童話教育は“心の稽古”

童話は、善と悪を分けるだけのものではありません。その奥にある“人の心”を見つめる鏡です。そして、子どもたちはその鏡を通して、自分自身をも見つけていきます。

SELを“教える”のではなく、“体験させる”ものとして、童話教育は大きな力を持っています。子どもたちの心が動き出す瞬間を、私たち大人が見守り、支えていくこと。それが、これからの教育に必要なまなざしだと、私は信じています。

最後に|あなたもご一緒にいかがですか?

私の活動も、まだ道半ば。けれど、体が動く限り、物語とともに歩み続けたいと思っています。

もし、あなたが子どもたちの心に物語の火を灯したいと願うなら、ぜひご一緒しませんか? これまで積み上げてきたノウハウや実践の知恵を、必要な方にお届けしたいと願っています。

どうぞ、気軽にお声がけください。 物語の力を、子どもたちの未来へ。ともに届けていきましょう。

✅ まとめポイント

  • SELと童話教育の関係
  • 現場からの体験談|子どもが変わる瞬間
  • まとめ:童話教育は“心の稽古”
  • 最後に|あなたもご一緒にいかがですか?

※本記事は著者の体験・見解に基づく情報提供を目的としています。実践の際は各現場の状況や子どもの発達段階に合わせてご活用ください。

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