物語の“なぜ”が、私を動かした
アンデルセンの童話『雪の女王』。子ども向けの物語として知られていますが、私は長年この作品に向き合いながら、どうしても解けない“問い”を抱えてきました。

本を読んでも、映画を観ても、答えは見つかりません。 物語の構造はわかる。展開も知っている。 でも、心が納得しない。
私は語り手として、長年アンデルセン作品に取り組んできました。 けれど『雪の女王』だけは、どうしても“語りきれない”感覚があったのです。

そう思い立ち、私はこの物語をミュージカルとして立ち上げることに決めました。アンデルセンの生涯を書き、劇中劇として「雪の女王」を書きました。
雪の女王は悪魔か、天使か?

雪の女王 全身が白い衣装・顔はお面で隠す・冠は高さ50cmくらい 劇団天童の舞台より
原作の雪の女王は、氷のように美しく、静かで冷たい存在です。 彼女はカイを連れ去り、感情を奪い、氷の宮殿に閉じこめます。 けれど、怒りも憎しみも見せず、ただ静かに、冷たく、支配する。
私は、舞台の台本を書くにあたり、雪の女王を“心の冷たさを映す悪魔”として描くことにしました。けれど、演じていくうちに、私は気づきます。 彼女は本当に悪魔だったのでしょうか? それとも――かつては天使だったのではないか?
この解釈により、物語に一本の芯が通りました。 観客が感情移入しやすくなり、ゲルダの旅の意味も明確になります。
物語を丁寧に読み解くと、カイは雪の女王に出会ったとき、すでに心に鏡の破片が刺さっていたことがわかります。そのせいで、彼は世界を冷たく、ゆがんで見るようになっていた。 そして、雪の女王が現れたとき、彼は自らそりをつなぎ、彼女について行ったのです。
カイは雪の女王に「さらわれた」のではなく、「自らついていった」のではないか。
この解釈は、物語の責任の所在を大きく変えます。 雪の女王は、ただ“すきま”に入り込んだだけ。 そのを“すきま”を生んだのは、ゲルダの言葉であり、カイの心の傷だったのかもしれません。
ゲルダの後悔と祈りの旅
ゲルダは、カイがいなくなったことを深く後悔します。 それは、ただ友だちを失った悲しみではありません。
ゲルダのセリフ「カイちゃんなんか、雪の女王にさらわれてしまえばいい!」

台本「雪の女王」カイとゲルダ:悪魔の鏡のかけらがカイの目に入る場面。脚本:劇団天童浜島代志子
あのとき自分が言った一言が、現実になってしまった。 自分の言葉が、カイをさらったのではないか―― その思いが、彼女を突き動かします。
ゲルダは決意します。 自分の責任で、カイを取り戻す。
旅の途中、彼女は断食をし、誘惑に打ち勝ちます。 花の魔女、王子と王女、山賊の娘―― 誰もが彼女に「ここにいればいい」と囁きます。 けれど、ゲルダは立ち止まりません。
ゲルダのセリフ「私のせいでカイがいなくなった。だったら、私が助けに行く」「私の命をあげるから、カイちゃんを返して!」
クライマックス|捨て身の愛が氷を溶かす
雪の女王の宮殿で、ゲルダはついにカイと再会します。 けれど彼は、氷の彫像のように動かず、感情も記憶も失っています。
ゲルダは彼に駆け寄り、何度も呼びかけます。 でも、カイはまったく反応しません。
そのとき、ゲルダは決意します。 自分の体温で、カイを溶かそうとするのです。
ゲルダのセリフ「お願い、目を覚まして。私の命をあげるから、カイちゃんを返して!」
彼女は氷のカイに覆い被さり、震える体で抱きしめます。 その姿は、まさに命をかけた祈りでした。

氷になったカイに覆い被さるゲルダ 「カイちゃん、目をさまして!」ゲルダは自分の体温でカイの心を溶かそうとする。✳︎劇団天童公演より
照明が青白い光から、少しずつ温かな金色に変わっていきます。 音楽が高まり、カイの指が、ほんの少し動きます。
そして、雪の女王が現れます。 彼女は静かに、しかし確かに、敗北を認めるのです。

雪の女王のセリフ
「あなたに負けたわ。私がいちばんきらいなことをやってくれたわね。 はじめて、人間に負けたわ――」
そして、氷の風とともに姿を消します。
実際の舞台でやったこと 照明を激しく点滅する。音響は氷が割れる音。風の音も混ぜる。暗転する。雪の女王と雪の軍勢は暗転中で退場する。
雪の女王の最後のことばに、私がふるえた瞬間
「負けたわ、初めて人間に負けたわ」このセリフを口にしたとき、私は演じながらふるえていました。それは“敗北”のことばではなく、心の奥底からの本音だと感じたのです。
ゲルダが差し出した「自分を捨てるほどの愛」を、 雪の女王こそが、ずっと欲しかったのではないか。
彼女は、かつて天使だったのかもしれない。 けれど、愛を失い、冷たさに身をゆだね、悪魔になってしまった。それでも、心のどこかで、誰かが自分を溶かしてくれるのを待っていた。
カイは、もしかしたら彼女の“わが子”のような存在だったのかもしれません。 だからこそ、彼を凍らせ、そばに置いた。愛し方を忘れてしまった彼女なりの、せいいっぱいの“守り方”だったのではないか――
この気づきは、脚本家としても、演出家としても、俳優としても、私にしか見えなかった景色でした。
子どもたちの反応が教えてくれたこと
舞台袖から見守る私は、客席の子どもたちの表情を見逃さないように目を凝らしていました。 ゲルダが泣きながら歌い、カイを抱きしめる場面。 そのとき、客席から小さな声が聞こえました。

観客の子ども達
「ゲルダ、やったね!」「勇気、あるよね」「かっこいい!」
その声に、私は胸がいっぱいになりました。 子どもたちは、物語の中でゲルダと一緒に旅をし、祈り、願い、そして勝利を分かち合っていたのです終演後、大人たちもこう言ってくれました。
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今時、こんなすごいものを見せてもらって感動。泣いてしまいました。
教育の現場にこそ、物語を
子どもたちは、物語の中でこそ「心の動き」を体験します。 読むだけでは届かない“ことばの重み”や“気持ちのすれ違い”も、演じることで初めて「自分のこと」として感じられるようになります。
『雪の女王』を題材にした劇あそびは、友情・後悔・祈り・赦しといった深いテーマを、子どもたち自身の言葉と身体で表現できる貴重な機会です。 教育の現場にこそ、物語を。 それが、私の願いであり、これからも届けていきたい“語り”の力です。
「雪の女王」劇あそびでやってみよう!
子どもたちは、物語の中でこそ「心の動き」を体験します。 読むだけでは届かない“ことばの重み”や“気持ちのすれ違い”も、演じることで初めて「自分のこと」として感じられるようになります。
『雪の女王』は、友情・後悔・祈り・赦しといった、深いテーマを内包した物語です。 劇あそびとして取り組むことで、子どもたちはゲルダやカイの気持ちを追体験しながら、「ことばの責任」や「愛の力」に気づいていきます。
今回は、物語の流れに沿って、子どもたちが自分の言葉で演じられるような構成にしました。 セリフはアレンジ自由。演出もシンプルで、日常の保育・授業の中で無理なく取り組めます。
『雪の女王』劇遊び進行台本(アレンジ自由セリフ付き)
【場面①】カイとゲルダの口喧嘩(庭)
- ゲルダ:「カイ、チューリップが咲いたよ!きれいだね」
- カイ:「ふーん、花なんてすぐ枯れるよ。つまらない」
- ゲルダ:「えっ?どうしたの?前は一緒にお世話してたのに…」
- カイ:「うるさいな。もう、君と遊ぶのあきた」
- ゲルダ:「そんなこと言うなら、雪の女王にさらわれちゃえばいいのよ!」
ナレーション: 「このとき、カイの目と心には、悪魔の鏡のかけらが刺さってしまいました。 それから、カイの心は冷たくなっていったのです――」
【場面②】雪の女王との出会い(雪の夜)
- カイ:「あれ?雪の中に誰かいる…」
- 雪の女王:「あなたの心、冷たくてすてきね。私と一緒に来ない?」
- カイ:「うん…行くよ。ここにいるより、そっちのほうがいい」
- 雪の女王:「さあ、氷の国へ――」
ナレーション: 「カイは、自分から雪の女王について行ってしまいました」
【場面③】ゲルダの旅立ち(家の前)
- ゲルダ:「カイがいない…あんなこと言わなければ…」
- ゲルダ:「私が探しに行く。カイを助けるのは、私しかいない!」
【場面④】出会いと助け(旅の途中)
- 花:「ゲルダ、カイは北の国にいるよ」
- カラス:「こっちだよ、ついておいで!」
- ゲルダ:「ありがとう、みんな。カイに会いたいの!」
ナレーション: 「ゲルダは、たくさんの出会いに助けられながら、北の国を目指しました」
【場面⑤】氷の宮殿での再会(氷の間)
- ゲルダ:「カイ!見つけたよ!」
- カイ:(無言で動かない)
- ゲルダ:「カイ、私よ。思い出して!」
- ゲルダ:「カイ、大好きだよ…お願い、戻ってきて!」
ナレーション: 「ゲルダの涙がカイの胸に落ちたとき、氷のかけらがとけていきました」
- カイ:「ゲルダ…?ここはどこ?なんだか、夢を見ていたみたいだ…」
【場面⑥】雪の女王の敗北(氷の間)
- 雪の女王:(静かに現れて) 「まけたわ。私がいちばんきらいなことを、やってくれたわね」
- カイ:「ゲルダが…助けてくれたんだ」
- ゲルダ:「もう、ひとりにしないよ」
ナレーション: 「雪の女王は、静かに去っていきました。 ゲルダの愛が、氷の心をとかしたのです」
【場面⑦】ふたりの帰還とふりかえり(庭)
- カイ:「ただいま、ゲルダ」
- ゲルダ:「おかえり、カイ。お花も、また咲いてるよ」
- カイ:「ほんとうだ。きれいだね」
- ゲルダ:「これからは、ちゃんと話そうね」
- カイ:「うん。ごめんね。そして、ありがとう」
ナレーション: 「ふたりはまた、心を通わせることができました。 ことばには、心を傷つける力も、救う力もあるのです――」
この台本は、15〜20分程度の劇遊びにぴったりで、セリフはすべてアレンジ自由。 子どもたちの言葉で演じることで、より深い気づきと感情の体験が生まれます。
最後に|読者のあなたへ
もし、あなたが教育に関わっていたり、子どもたちに何かを伝えたいと願っているなら、 どうか思い出してほしいのです。

ことばには、命を動かす力がある 物語には、心を育てる力がある。私はこれからも、語りと舞台を通して、 子どもたちの心に“あたたかさ”と“問い”を届けていきたいと思います。
そして、あなたの中にも、「自分の中の雪の女王」がいることを、どうか忘れないでください。冷たさに負けそうなときこそ、ゲルダのように、祈りと行動で前に進んでいきましょう。
この記事のまとめ|『雪の女王』が教えてくれるこ
- 『雪の女王』は、ただの“おとぎ話”ではありません。
- カイとゲルダの物語は、「ことばの責任」や「愛の力」という、子どもにも大人にも大切なテーマを静かに問いかけてきます。
- 雪の女王は本当に“悪”だったのか?カイはなぜ心を閉ざしたのか?――その“なぜ”を探る旅が、舞台づくりの原動力になりました。
- ゲルダの祈りと行動が、カイの心を溶かし、雪の女王の心にも変化をもたらしたように、物語には、心を動かす力があります。

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