はじめに:なぜ『ヘンゼルとグレーテル』を人形劇で取り入れるのか
「魔女って、怖いから子どもにやらせたくない」「悪者を演じるのは、子どもにとってどうなんだろう?」という声は、保育園・幼稚園で『ヘンゼルとグレーテル』を題材に人形劇をするとき、必ずといっていいほど上がる疑問です。
しかし、保育現場で15年以上『ヘンゼルとグレーテル』を人形劇として取り入れてきた経験から言うと、いちばん子どもの心を揺さぶり、成長させる役がこの「魔女」なのです。
泣き虫だったグレーテルが、自分の力で兄を助けて家に帰るまでには、「怖い存在と向き合い、自分で選んで行動する経験」が欠かせません。
この記事では、保育士として実際にクラスで行ってきた人形劇の実践をもとに、魔女役の意味、子どもが怖がったときのかかわり方、台本づくりのポイント、そして魔女役を通して育つ7つの力について具体的に紹介します。
魔女役を“悪者”ではなく“試練となる存在”にする理由
魔女は“育ての母”という視点
『ヘンゼルとグレーテル』の魔女は、単なる「悪者」として登場させてしまうと、子どもにとってはただ怖いだけの存在になってしまいます。
保育現場での人形劇では、魔女を「グレーテルが自分の力を試される相手=試練」として位置づけることで、物語の意味がガラリと変わります。

魔女はグレーテルだけに掃除、洗濯、ご飯作りをやらせる。

魔女はヘンゼルを檻に押し込める。魔女の意図は何か?

魔女を竈に押し込むグレーテル。
グレーテルは最初、兄のヘンゼルを頼りにする泣き虫として語られますが、兄のヘンゼルが檻に閉じ込められてからは自分ひとりで魔女と対峙しなければなりません。
魔女は、泣き虫グレーテルを一人前のおとなにするために兄のヘンゼルを竈に押し込み、怖い相手に逃げないで向き合うことを教えたのです。
実際に、年長クラスで人形劇をした後、グレーテル役を演じた子が「魔女はめっちゃこわかったけれど、竈に押し込んだとき、やった!自分で魔女をやっつけた!」とうれしそうに話してくれたことがあります。
物語の中で「自分で決めて動いた」という体験は、自己肯定感と結びつきます。
公演を見ていた保育士からは、「魔女が出てきたからこそ、グレーテルの成長がよく分かりました」という感想もありました。
魔女は、子どもを追い詰める存在ではなく、「乗り越えたときに、成長を実感させてくれる壁」として捉えることができます。
子どもが魔女役を怖がったときの3ステップ
“やってみたい”を育てる関わり
魔女役は、子どもにとって心理的ハードルが高い役です。「怖い」「声が出せない」と感じるのは、ごく自然な反応です。
大切なのは、無理に配役を押しつけることではなく、「怖いけれど一歩踏み出してみようかな」という気持ちを育てる関わり方です。
ある年長組の女の子は、最初「魔女なんて絶対ムリ」と拒否していましたが、「魔女の声ってどんな声かな?」とクラス全体で声あそびをしていくうちに、「ちょっとだけならやってみようかな」と変化していきました。
子どもが変わった時がチャンス。すかさず「すごいね、ちょっとだけやってみようか」と声をかけて、子どもが自分で気持ちを動いたことを褒めてあげます。
おとなは、きっかけを作り、子どもが自ら思い立ち、行動するのを助けます。
本番では、その女の子は舞台の中央で「わたしは魔女〜!」と歌い切り、終演後には「グレーテルが強くなったのは、魔女がいたからだよね」と自分なりの感想を語ってくれました。
このように、怖い役を演じ切った経験は、物語の理解だけでなく、自分の成長を実感するきっかけにもなります。
魔女役をどう導けばいい?
魔女役を導く「声・動き・気持ち」の3ステップ
魔女役を怖がる子どもに対しては、いきなり本番の演技を求めず、「声」「動き」「気持ち」の順番で少しずつ役に近づけていきます。
まずは「声を出す」ことから始めます。「魔女の声ってどんな声? 高い? 低い? ささやき声?」と問いかけ、子どもたちに自由に真似をしてもらいます。
「わたしは魔女〜♪」と簡単なフレーズを歌にしてクラス全員で歌うと、自然と声が出やすくなります。
次に、「動きをつける」段階に進みます。手を大きく広げて歩いてみたり、ゆっくりと回ってみたり、「ケケケ」と笑い声をつけてみたりします。
体全体を使って表現することで、「怖い役」から「面白い役」へとイメージが変わり、役になりきる楽しさが生まれます。
最後に、「気持ちを想像する」時間を取ります。
「魔女はどうして怒っていたんだろう?」「グレーテルに何を言いたかったのかな?」と問いかけると、子どもたちは「寂しかったのかも」「試していたのかも」と自分なりの答えを見つけていきます。
役の内面に近づくことで、単なる「怖い人」ではない多面的な捉え方が生まれます。
魔女役を通して育つ子どもの7つの力
非認知能力としての“魔女体験”
魔女役を中心にした『ヘンゼルとグレーテル』人形劇では、子どもたちの中に次のような7つの力が育っていきます。
1.自己挑戦力 「怖いけどやってみたい」「本番は緊張したけど、終わったらうれしかった」という感情を経験することで、自分の限界に一歩踏み込む「自己挑戦力」が育ちます。
2.自己管理力 本番前のドキドキや不安と向き合いながらも、深呼吸をしたり、友だちと励まし合ったりして舞台に立つ経験は、緊張との付き合い方を学ぶ機会になります。
3.共感性 「魔女にも、怖い理由があったのかもしれない」「グレーテルの気持ちはどうだろう」といった想像を通して、他者の立場や感情に寄り添う共感性が高まります。
4.社会的スキル セリフをつなげたり、タイミングを合わせて動いたりする人形劇は、仲間と協力しながら一つの作品を作り上げる活動です。
稽古を重ねる中で、「待つ」「譲る」「助ける」といった社会的スキルが身についていきます。
5.やりきる力 「魔女役は嫌だな」と感じながらも、最後まで役をやり通す体験は、途中で投げ出さずに一つのことをやりきる力につながります。
終演後の達成感は次の挑戦への原動力になります。
6.自己表現力 声の大きさや高さ、動きの大きさを工夫する中で、「どうしたらもっと伝わるかな?」と自分なりに表現を変えていく力が育ちます。これは、日常生活の発言や自己紹介などにも活きてきます。
7.物語理解力 人形劇を通して、子どもたちは「どうしてこの場面で魔女が出てくるのか」「グレーテルは何を学んだのか」といった物語の流れと意味を自分の言葉で説明できるようになっていきます。
これは、読み聞かせをただ聞くだけでは得られない深い理解です。
これは、まさに非認知能力と呼ばれる、これからの時代に必要な力です。
保護者と先生が感じた“魔女役”の価値
「魔女が母に見えた」という納得
実演後、ある保護者は「グレーテルがだんだんと自信を持っていく姿に、家でのわが子と重なって涙が出ました」と話してくれました。
特に、普段は人前に出るのが苦手な子が、魔女と向き合う場面でしっかりとセリフを言えたことに驚いていたようです。
別の園の先生は、「怖い役を演じることを通して、子どもが自分の力を信じるようになる過程を間近で見られたのが何よりの学びでした」と振り返っていました。
大人自身も、「怖さ」との付き合い方や、「見守る」ことの意味を改めて考えるきっかけになったと言います。
魔女役を通して、子どもは自分の中の強さに気づき、大人は物語の奥行きと子どもの成長を同時に感じ取ります。
人形劇は、子どもと大人が一緒に「物語を生きる」貴重な時間になっていきます。
『ヘンゼルとグレーテル』人形劇 台本の構成例
語り手(静かに、子どもたちの様子を見ながら語り始める)
「ある年のことでした。 長く雨が降らず、田んぼも畑もかれてしまい、食べものがだんだん少なくなっていきました。 町の人たちは静かになり、子どもたちの笑い声も、すこしずつ聞こえなくなっていきました。」
「そんな、ちょっとさみしい年に、森の近くに小さな家がありました。 そこには、お父さんと、お母さんと、ヘンゼル、グレーテルというきょうだいが暮らしていました。
ここから始まるのは、泣き虫だったグレーテルが、こわい森とふしぎな魔女に出会い、自分の力で大切な人を守ろうとする物語です。」
シーン1:森の家と家族のくらし
語り手:「森の近くの小さな家に、お父さんとお母さん、ヘンゼルとグレーテルが住んでいました。けれど、食べものが少なくなって、お父さんとお母さんはとても困っていました。」
ヘンゼル(小声で):「グレーテル、泣かないで。ぼくがそばにいるよ。」
グレーテル:「でも、おなかがすいて、こわいよ…。」
シーン2:森の中での不安と工夫
語り手:「二人は森の奥へ歩いていきました。ヘンゼルは、家に帰れるように道にパンくずを落としていきましたが、森の鳥たちが全部食べてしまいました。」
グレーテル:「どうしよう…道が分からなくなっちゃった。」
ヘンゼル:「だいじょうぶ。二人でいれば、きっと道は見つかるよ。」
シーン3:お菓子の家と甘い誘惑
語り手:「森の奥を歩いていくと、あまい、あまいにおいがしてきました。木のかげから現れたのは、チョコレートの屋根とクッキーの壁でできた、ふしぎなお家でした。」
グレーテル:「わあ! チョコレートの屋根だ!」
ヘンゼル:「こっちはクッキーの壁だ! おなかペコペコだから、少しだけ食べちゃおうかな。」
シーン4:魔女の家での試練と決意
魔女:「よく来たねえ。さあ、中にお入り。お腹いっぱい食べるといいよ。」 語り手:「優しそうに見えた女の人は、じつはこわい魔女でした。魔女はヘンゼルを小さな部屋に閉じこめてしまい、グレーテルには、ごはん作りや掃除をさせました。」
グレーテル(心の声):(こわいけれど、ヘンゼルを助ける方法を考えなくちゃ…)
シーン5:グレーテルの勇気と脱出
語り手:「ある日、魔女がグレーテルに言いました。」
魔女:「このかまどの火を見てきな。ちゃんと燃えているか、のぞいておいで。」
グレーテル(小さな声で):「ここはあぶないよ。中をのぞくなら、こうやってやるんだよ。」
語り手:「グレーテルは、魔女がかまどの中をのぞき込んだすきに、思いきって魔女を中に押し込み、重たいふたをしめました。」
グレーテル:「こわかったけど、やれた…! ヘンゼル、いま助けるからね!」
シーン6:家族との再会と新しい一歩
語り手:「長い森の道をぬけて、二人はようやく自分たちの家にたどりつきました。」
お父さん:「ヘンゼル! グレーテル! もう二度と、はなれたりしないよ。」 グレーテル:「こわいこともあったけど、ヘンゼルといっしょに帰って来られてよかった。」
語り手:「こうして、ヘンゼルとグレーテルは、こわい森をぬけて、家族とまたくらし始めました。」
エンディングの語り
(語り手)(舞台が静まり、照明がやわらかく残る中で)
こうして、グレーテルとヘンゼルは、こわい森をぬけて、家へ帰ってきました。泣き虫だったグレーテルは、もう泣いてばかりの子ではありません。怖さをこえて、自分の力で、大切な人を守ったのです。
そして──あの魔女も、きっとどこかで見ていたでしょう。「よくやったね」「もう、だいじょうぶだよ」
そんなふうに、グレーテルの背中を、そっと押していたのかもしれません。物語は終わっても、子どもたちの“育ち”は、これからも続いていきます。
「やさしい人形劇N03」 浜島代志子他 偕成社刊
『やさしい人形劇』シリーズは、 保育園・幼稚園・小学校などで実践できる人形劇の脚本と演出のヒントをまとめた実用書シリーズです。
第3巻では、以下のような特徴があります:
- 子どもたちの発達段階に合わせたやさしいストーリー構成
- 身近な素材で作れる人形や舞台装置のアイデア
- 演じる子どもたちの心を育てる演出の工夫
- 保育者・指導者向けの丁寧な解説付き
特に、「言葉にならない感情を表現する力」や「他者と協働する喜び」を育むことを大切にしており、 浜島代志子の語り手・教育者としての哲学がにじむ一冊です。

まとめ|魔女役は、子どもの「こわい」を「できた」に変えるきっかけ
『ヘンゼルとグレーテル』の魔女は、子どもたちを怖がらせるだけの存在ではなく、「こわいけれどやってみる」という一歩を引き出すための相手として、人形劇の中に登場します。
魔女という試練を通して、グレーテルは「こわいけど、やってみる」勇気を持ち、「できた!」という実感を手に入れます。同じように、子どもたちも人形劇を通して自分の中の強さを見つけていきます。
この物語を人形劇として実演するたびに、子どもたちは自分の中の強さと出会い、そばで見ている大人たちも「子どもが育つとはどういうことか」を改めて考えさせられます。
魔女役を通して育つのは、声を出す力、身体で表現する力、相手の気持ちを想像する力など、いわゆる「非認知能力」と呼ばれる力です。これは、これからの時代を生きる子どもたちにとって、大きな財産になります。
この台本と実践の視点が、保育や教育の現場で、子どもたちの育ちを支えるひとつのヒントになればうれしく思います。
『ヘンゼルとグレーテル』の人形劇が、子どもたちにとって「こわいを乗り越える物語」として、これからも語り継がれていきますように。
子どもの自立やチャレンジする心を育てたいと感じたときは、『ヘンゼルとグレーテル』の物語を人形劇にしたり、読み聞かせの中でじっくり味わったりする時間をぜひつくってみてください。
舞台の上で物語を生きる経験は、子どもたちの心に長く残る学びになります。
参考 ヘンゼルとグレーテルの小道具
小道具作りは、完璧を目指さないことが大事です。身近にある材料を使って作りましょう。
ケーキ、ナイフ、薪は発泡スチロールをカッターナイフで削って形にし、和紙と用紙を交互に5枚貼り、絵の具で色付けしています。
お菓子は厚紙にザラ紙を貼って色付け。
この写真では、かなり本格的に作っていますが、小道具作りに力を入れるていくと、途中でイヤになることがあります。
合言葉は、「簡単に」です。

お菓子の家に飾るソフトクリーム、キャンディ、飴。グレーテルが作るデコレーションケーキ、魔女のナイフ、薪、グレーテルが使う箒、ヘンゼルに食べさせるハンバーグ

お菓子の家,炎つき竈、怪しい木、ヘンゼルが押し込められる檻


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