私は劇団天童を主宰し、これまでに多くの子どもたちと共にアンデルセン童話の舞台を作り上げてきました。その中で『野の白鳥』ほど、子どもたちの内面に鮮明な変化をもたらす作品はありませんでした。特にエリサという妹の役を演じる子どもたちが「話せない」沈黙を通して思いを伝えようと努力する姿には、指導者として言葉では言い表せない感動を覚えました。言葉を超えた表現力がどれほど子どもたちの心を育むのか、この作品はそれを実践的に示してくれています。
物語の力 言葉なき愛が子どもたちに届く
『野の白鳥』は、魔法によって白鳥に変えられた兄たちと、それを救おうとする妹の物語です。この童話の鍵は「沈黙を守る」こと。 子どもたちが舞台でこの沈黙に向き合うことで、言葉以外の表現(表情、動き、目線)に挑戦します。
台本の一部:(エリサ、布を織りながら白鳥たちを見つめる。言葉はないが、涙と目線が語る) ナレーター:「妹の口は沈黙の誓いに閉ざされていたが、その心は誰よりも語っていた──」
このような場面は、言葉を使わない演技の練習となり、内面の表現力を養う絶好の機会です。
例えば、私の劇団でエリサ役を務めた小学3年生のA子ちゃんは、普段は明るくおしゃべりな子でした。ですが、セリフのない「沈黙の見つめ合い」のシーンでは大きな壁に直面します。稽古初日、「先生、こんなに黙っているのは恥ずかしいし、白鳥役の友達に笑われてしまいます…どうすればいいの?」と本音を打ち明けました。そこで私が伝えたのは「エリサの心になりきって、言葉がなくても気持ちを全身で伝えることを、一緒に練習しよう」ということ。全員でエリサになり、静かに白鳥を見つめるゲームを通して、徐々に「沈黙の表現」を自信に変えていきました。
その場で稽古を中断し、子どもたちに呼びかけました。「エリサは話すことを許されていない。けれど胸の内は深く動いている。みんななら、言葉がなくてもどんな表現で気持ちを伝えたい?」 それをきっかけに、私たちは「沈黙の表現」に挑戦。
全員がエリサになって、兄たち(白鳥たち)を見つめる練習をしました。静まり返った稽古場に、言葉以上に強い想いが満ちていくのを肌で感じました。これこそ舞台ならではの学びです。この体験は、子どもたちに「声にしなくても伝わる想いの大切さ」を深く実感させてくれました。
アンデルセン童話の劇をするから、人の気持ちが深いところでわかる、ということを子供達が教えてくれました。
実践の舞台|劇団での演出ポイント
私の劇団ではこの物語を、異なる年齢の子どもたちと共同で演じました。白鳥役には群舞を取り入れ、協調性を育てることができました。
演出アドバイス
- 白鳥たちは同じ動きの群舞にすることで、統一感と神秘性を演出
- エリサの衣装には自然素材風の布を使い、彼女の純粋さを表現
- ナレーターは語り部として、背景の理解を助ける役割を持つ
演出アイディア
- エリサが布を織る場面(柔らかな光・静かな空間):
- 白鳥たちの舞(全員白の衣装・手に羽根をつけた演出)
- ナレーターと舞台背景(森や湖のイメージ)
こうした演出は、観客だけでなく子どもたち自身に深い印象を残します。
劇の教育的効果|内面の変化と保護者の声
また、劇に参加した保護者の方々からは、子どもたちの意外な変化について多くの感想を頂きました。あるお母さんは「娘が『我慢することや信じることの意味』について、劇を通して自分で考えるようになりました」と話してくださいました。別の保護者は「沈黙することの価値を家族で話し合うきっかけになり、家庭のコミュニケーションが深まっています」と感謝の言葉を寄せてくれました。子どもたちが舞台で経験した「言葉にしない強さ」が、生活の中でも生きているのだと実感しています。
物語が「心の教育」として生きる瞬間です。
「セリフの少ない物語こそ、表現力が問われる」―― そんな教育現場の現実に寄り添い、次回の記事では『野の白鳥』を題材にした劇用脚本と演出案をご紹介します。
私はアンデルセン童話研究者として、また劇団の主宰者として、多くの舞台を現場で経験してきました。次回の脚本案は、小学生や児童館でも無理なく取り組める5シーン構成に整理。さらに、セリフがない場面をどう演出すれば効果的かというポイントにも重点を置いています
まとめ|『野の白鳥』は言葉の壁を越え、子どもの心を揺さぶる生きた教材です
私は長年、アンデルセン童話を単に「読む」だけでなく、「演じること」によって真の理解へと導く活動を続けています。その中でも『野の白鳥』は、沈黙の演技や群舞、ナレーションを組み合わせることで、子どもの身体感覚と感情表現を同時に刺激する貴重な機会を提供しています。 作品の魅力は、言葉を超えるコミュニケーションの深さにあり、多くの子どもたちがここで初めて自分の内面と向き合い、心の成長を体感しています。 教育現場や地域の児童劇でも取り入れやすいよう、次回は私自身が制作した、具体的な脚本と演出の工夫について詳しくお伝えしていきます。ぜひ、ご期待ください。
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