「舞台に立つ」――それは、子どもたちの心を育てる特別な体験です。 かつて学校で行われていた学芸会。ウサギや鬼を演じた記憶は、大人になっても忘れられないものです。
けれど今、学芸会はほとんど姿を消し、子どもたちが舞台に立つ機会は限られています。
私は、子どもたちが自分の言葉で演じ、観客と心を通わせる“対話式ミュージカル”に取り組んできました。 題材はアンデルセン童話。
その深いテーマを、子どもたち自身の声と感情で表現することで、観る人の心を揺さぶる舞台が生まれています。
本記事ではアンデルセン童話を対話式ミュージカルで舞台に挑戦した記録です。
対話式ミュージカルとは何か
学芸会が消えた今、舞台の力を子どもに
少し前の時代には、学校で学芸会がありました。 勉強のことは忘れていても、「主役を演じた」「ウサギや鬼になった」という記憶は、心に残る宝物です。
しかし今、学芸会を行う学校はほとんどありません。 だからこそ、舞台に立って輝く経験は、子どもの人生を豊かに彩る貴重な体験になるのです。
成績だけでは測れない“自信”を育てたい
私は、成績至上主義の時代に生きる子どもたちに、自信を持って生きてほしいと願っています。
「自分の子どもが堂々と舞台で主役を演じる姿を見たい」という親心も重なり、 劇団天童では、アンデルセン童話を題材にした“対話式ミュージカル”の企画・演出に挑戦しています。
初公演で起きた奇跡の瞬間

初公演の日、小学3年生の男の子が「あひるの子」役で舞台に立ちました。 緊張の中、彼は観客に語りかけました。
「ぼく、どうしてもちゃんと歩けない。どうすればいいの?」
客席の友達が叫びました。
「大丈夫だよ、他の奴の言うことなんかほうっとけよ!」
男の子は涙声で「ありがとう!ぼく、大丈夫なの?」と返し、
「みんな違ってみんないい。金子みすず」と言った瞬間、劇場は優しい笑いに包まれました。
台本にないやりとりが、舞台と観客の心をひとつにした奇跡の瞬間でした。 袖で見守っていた私は、涙がじわっと出た後にくすっと笑ってしまいました。
稽古の現場から見える“子どもの力”
本音と本音がぶつかる稽古場
私が演出を手がける中で、子どもたちが観客に問いかける場面を作ります。
リハーサルでは、予想外の返答が飛び出し、笑いが起きたり、冷たい言葉に沈黙が流れることもあります。
「死んでもいいよ」と言われた子が、「そんなの嫌だよ!」と泣きそうな声で返した場面。
私は胸が締め付けられ、子どもたちの本音に触れる大切さを再確認しました。
「みにくいあひるの子」の問いかけ
保育園公演では、あひるの子が観客に語りかけます。
「ぼく、そんなにみにくいかなあ」「生きていてもいいの?」
子どもたちは口々に答えます。 「大丈夫だよ」「泣かないで」「生きていていいんだよ」 時には、「死んでもいいよ」といった言葉も飛び出します。
それでも、子どもたちはあひるの子の気持ちになって答えを探します。
「みにくいのも時にはいいもんだ!」と元気に言えた瞬間、 マイナスをプラスに変える心の転換が起きるのです。
対話式ミュージカルの魅力と教育的価値
観客と物語がつながる新しい演劇体験
対話式ミュージカルは、観客が物語の一部となり、 キャラクターに語りかけたり、選択肢に答えたりすることで、毎回違う展開になる新感覚の演劇スタイルです。
- アドリブは稽古で準備し、本番は一発勝負
- 子どもたち自身がセリフを作ることで、本音が舞台に生きる
- 観客の反応に合わせて、物語が変化する柔軟な演出
SEL(社会性と感情の学び)としての価値
- 自己理解:「自分はどう感じる?」「ヘンゼルならどうする?」
- 感情の調整:緊張や不安を乗り越える経験
- 他者理解・共感:魔女や鳥の役を通して、他の気持ちを体験
- 協力・共創:セリフを忘れても助け合い、仲間の成功を喜び合う
- 創造力:台本のアレンジや舞台装置づくり、家庭での発展
実際の舞台で起きた“心が動く瞬間”
「人魚姫」|選択の重みを観客と共有する
- 人魚姫が王子を刺すかどうか悩む場面。 観客の子どもたちが真剣に声を上げます。
- 女の子:「刺して戻ってきて!」
- 男の子:「刺すのはダメだよ!」
舞台では人魚姫が魔女にナイフを投げ、泡となって天に召されます。 その後、観客の子どもたちが囁き合いました。
「それでいいんだよ」「死んだけど、死んでない」「よかったね」
観客が自分の思いを舞台にぶつけたからこそ、物語の深さが心に落ちたのです。
「雪の女王」|応援する声が子どもを変える
- ゲルダがカイを探す旅の途中、観客の子どもたちが「がんばれ!」と声援。 終演後、保護者からこんな声が届きました。
「普段は内気な娘が、あんなに大きな声で応援するなんて初めてです。」
舞台が子どもの心を動かし、行動を変える力を持っていることを実感しました。
舞台が生むコミュニティの力
公演後、初対面の親子同士が「今日の人魚姫の選択、どう思った?」と語り合う姿。
舞台をきっかけに、子どもも大人も自然と会話が生まれ、地域のつながりが広がっていきます。
まとめ|アンデルセン童話で心を動かす舞台を
アンデルセン童話の深いテーマを、対話型ミュージカルで表現することで、 子どもたちが自分らしく輝ける場をつくりたい――それが私の願いです。
舞台は、ただ観るだけのものではありません。 子どもたちが演じ、観客が参加し、心を通わせる“生きた教材”なのです。
演じる子どもにとっても、観る子どもや保護者にとっても、 心が揺れ、考え、共感し合う時間がそこにあります。
そして何より、 「みんな違ってみんないい」というメッセージを、 子どもたち自身の声で届けられることが、私にとっての誇りです。




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