少し前の時代には学芸会がありました。勉強のことはさっぱり覚えていなくても学芸会で主役を演じたことやウサギや鬼役を演じたことは忘れられない貴重な思い出になっていませんか。今の時代は学校で学芸会をやるところは殆どありません。「舞台に立って輝く」ことは子どもの人生を豊かに彩ってくれるのです。成績至上主義の時代に生きている子ども達に自信を持ってもらいたいという私自身の強い願いと、「自分の子どもが舞台で堂々と主役を演じる姿を見たい」という親心とを掛け合わせて、劇団天童はアンデルセン童話を題材にした対話式ミュージカルの企画・演出に挑戦しています。最初は不安だらけでしたが、実際に子どもたちが舞台で自分の言葉を発し、観客とやりとりする姿を見て、「この取り組みは絶対に続けたい」と強く思うようになりました。
初公演の日、緊張でいっぱいの私の目の前で、あひるの子役の小学3年生の男の子が観客席に向かって「ぼく、どうしてもちゃんと歩けない、どうすればいいの?」と語りかけると、観客席の友達が大きな声で言いました。「大丈夫だよ、他の奴の言うことなんかほうっとけよ。いいから、元気、出せよ!」
男の子はぱっと笑顔になり、助かった!という顔で、「ありがとう!ぼく、大丈夫なの?」と両手を客席に突き出し叫ぶように言いました。その声は涙声でした。「うん、だ・い・じょう・ぶ!心配するな、オレはがついているから」。客席の友達が、一語一語、区切ってはっきり言いました。
舞台と客席のやりとりの間、客席はしーんとして成り行きを見守っていました。この後、あひるの子役の男の子は、どうやって切り抜けるだろうか。台本には無い展開になってきたのですから。私は息が詰まり、心臓が口から飛び出してきそうになりました。ちゃんと答えられるかしら。舞台で立ち往生しないか、内気なあの子、泣き出さないか・・・。
みんな違ってみんないい
私の心配をよそにあひるの子役の男の子が、落ち着きはらって口を開きました。「あ・り・が・と、みんな違ってみんないい。金子みすず」その途端、客席はどよめき、優しい笑い声がさざなみのように劇場いっぱいに広がり、観客みんなの心がひとつになるのを感じました。あひるの子が金子みすず、と言ったので緊張が一気に溶けてしまったのです。アンデルセンの話に金子みすずが出てくるのですから誰だって笑ってしまいます。
このやりとりを袖で見ていた私、涙がじわっと出た後にくすっと笑ってしまいました。「ぼく、どうしてもちゃんと歩けない、どうすればいいの?」対話の後のセリフは台本に書いていません。もちろん反応の言葉を予想して稽古しておきますが、あくまでも予想のうえでの稽古です。本番は一発勝負。客席から何と言われても言葉を返して芝居を続けなければなりません。
舞台袖で見守っていた私は、「子どもたちの素直な言葉が、こんなにも人の心を動かすのか」私は心をぎゅっと握られ、涙がこぼれそうになりました。それは奇跡の体験だと強く感じたのです。
演じる子ども達にとっても見る子どもや親にとっても成長があり、アンデルセン童話の深さを表現するには最高の方法だと感じました。この奇跡のような体験が私たちの舞台を作り続ける原動力になっているのです。
「みにくいあひるの子」の稽古
私自身が演出を手掛ける中で、子どもたちが舞台上で「どうする?」と観客に問いかける場面を作りました。リハーサルでは、実際に観客役の子どもたちが予想外の返答をしてくれて、思わず笑いが起きたり、時にはドキッとする冷たい言葉も飛び出し口がきけなくなることもあります。私の顔はこわばり、しーんとした空気が流れます。
子ども達は顔を見合わせ心配そうに
こうしたやりとりを通じて、物語が一方向ではなく、双方向だからこそ毎回違う展開になるのが新鮮で面白い。子どもと一緒に舞台を作ることは多くの発見があり、刺激的でわくわくします。
対話式ミュージカルは、観客と物語が直接つながり、進行が毎回異なる新感覚の演劇スタイルです。このスタイルは、アンデルセン童話の哲学的なテーマを深く掘り下げながら、観客の心と頭を揺さぶる新しい体験を提供します。ただ観るだけでなく、観客自身が物語の一部となる――それこそがこの試みの最大の革新です。
本記事では、「みにくいあひるの子」「人魚姫」「雪の女王」の三作品を通してどうすれば成功するかをお知らせします。
対話式ミュージカルとは?私達の挑戦
舞台でのびのび演じる子供達。正規のセリフの他にアドリブOK!本番でいきなりアドリブを言うのではありません。アドリブの稽古をちゃんとしておきます。
この写真は少年アンデルセンと子供達が遊んでいるシーン。アンデルセンは人形を持って子ども達に話しかける。
少年アンデルセン「ねえねえ、ぼくの作ったおはなし、聞いて」子供達「いいよ、ぼくのも聞いて」「わたしのも聞いて」ここまでは脚本に書いておきます。次からは子供達が作ったセリフ。「ぼくはおばけの話」「どんなおばけ?」「目玉が超大きくてさ、足はない」「へえ、もっとおもしろいのがあるよ」
セリフは稽古中に作っておきます。自分たちが作ったセリフだから、子供達はほんとうに楽しそうに言います。本番中のアドリブはリアクションです。へえ!、ウソ!、ほんと?のように合いの手を入れて笑い合ったり背中を小突いて喜びます。
少年ハンスと子供達(オーデンセ)のびのびしています!
私が初めて対話型ミュージカルを手掛けた時、正直「本当に観客が参加してくれるのだろうか?」「キャストの子ども達が観客と対話できるだろうか」「観客の声に臨機応変に応えることができるだろうか」「観客の声を拾いあげて次のセリフに繋ぐことができるだろうか」
不安だらけでした。私は無謀なことに挑戦しているのかもしれない。有名な大劇団は決してこんなことをしない。でも、ありがたいことに一緒に劇団をやっている娘達が一番の理解者で私の考えに賛同してくれたのです。
台本に対話するセリフを書いておき、答える練習をする
脚本作りでは、私自身が「ここで観客が何を言うか分からない」というドキドキ感を味わいながら、あえてセリフを空白にしています。実際、リハーサル中に子どもたちから「そんなこと言う人いないよ!」と突っ込まれ、子どもの直球にヤラレタと思い、自分の頭は常識的で面白みがないと思わされます。
おかがで毎回新しい発見があります。特に印象的だったのは、ある子が「死んでもいいよ」と言われた時、「そんなの嫌だよ!」と泣きそうな声で返した場面。思わず私も胸が締め付けられ、子どもたちの本音に触れる大切さを再確認しました。
子供達が観客役になって言葉を返します。「思い切り言ってね、良い言葉だけでなくてもいいの、悪い言葉も言って良いのよ」と促します。え、ほんとに?子供達は疑いの目で私を見ます。「ほんとよ。稽古だから、お話の中で言うのだから大丈夫よ」
子供達に安心感を与えてから始めることが大事ですね。というのは子供達はおとなの顔色をみて自分に不利にならないように考えてからモノを言いますから。子供達の本音を引き出してそれを言葉にしてほしい、自分が何を考えているのかを芝居の中なら何でも話せる。自分を開放して自分を知ることをミュージカルで体得してもらいたいのです。
「みにくいあひるの子」の場合 生きていてもいいの?
保育園公演「みにくいあひるの子」
足を内側に向けて歩くあひるの子に兄弟あひるが酷い言葉を投げつけながら上手に退場した後で悲しそうに観客に語りかけるシーン。保育園で公演させていただきました。園児はお兄さん、お姉さんが演じる「みにくいあひるの子」に大興奮!おとなが演じる場合と反応が格段にちがいます。共感度が格段に良いのです。子供が子供を育てるのだということを強く感じました。
あひるの子「ぼく、そんなにみにくいかなあ」「生きていてもいいの?」このセリフの後に観客がどう言うかわかりません。そこで観客になったつもりで劇団の子供達に答えさせます。「まこと君ならどう答える?」「まりちゃんは?」子供達は口々に言います。
「大丈夫だよ、練習すればうまく歩けるようになるよ」「泣かないで」「生きていていいんだよ」プラス言葉に対しては、「ありがとう」「やさしいんだね」「がんばるよ」と良い言葉を返すことができます。
「生まれつきだから練習してもムダ」「あきらめな」「死んでもいいよ」どきっとするようなマイナス言葉が飛び出してきた場合にはどう答えたらいいだろう。実際には観客の子ども達は何を言うかわかりません。子どもの言葉は予測不能です。おとながびくっとするような酷い言葉も返ってきます。
おとなの俳優なら軽くいなしたり、物語の流れを戻すことができますが、はたして小中学生にできるだろうか。
酷い言葉に対して「あひるの子はどう答える?言ってみようか」子供達は、あひるの子の気持ちになって答えます。「そんなあ・・・」「ひどいよ」「死にたくない」
子供達はセリフが出てきません。「ムリ」「そんなこと言う子、いるかなあ」「いるよ」「いたらぶっ飛ばしてやればいい」「でもさあ、何か言わなくちゃいけないんだよね」子供達だけでは話を前に進めることができません。
そこで、私がそっと入っていきます。「こんなひどいこと言われて、あひるの子の気持ち、わかる?」「うん、わかる」「どうすればいいかなあ」と言葉をかけます。こんな難しい質問に答えられるわけはありません。
アンデルセン自身がぶつかった困難な問題を子ども達に解決しなさいというのは無理難題だとわかっています。が、敢えて言うのは、みにくいあひるの子はアンデルセン自身であり、彼が辛い環境を超えてきたことを子ども達に体感してもらいたいからです。
次にあひるの子役と観客役、二人一組になってセリフの稽古をします。本音と本音がぶつかって稽古場はすごい熱気になります。この後のみにくしあひるの子のセリフ「みにくいのも時にはいいもんだ!」元気よく言います。
あひるの子が心情転換した一瞬です。自分はみにくい、他と違うからバカにされる、いくら練習しても足を外側に向けて歩くことができない。マイナスばかりの中から気持ちを切り替えて広い世の中に出て行こうという歌に続きます。
マイナスをプラスに変えて新しい人生にチャレンジするアンデルセンと同じ気持ちを子ども達に体験してほしいと思うのです。みんなと違っていいのよ、あなたはあなたらしくがいいのよ、自信を持って歩きなさい、あひるの子のように。
これが私のメッセージであり、演じる子どもにも観客の子ども達にも心の奥底に自信を持ってもらいたいという強い願いがあるのです。
しかし、リハーサルで子どもたちが自分の意見をどんどん出してくれる姿を見て、「これは成功する!」と確信。
実際の公演でも、子どもたちがキャラクターに語りかけたり、物語の分岐点で手を挙げて意見を言う子もいれば、手を挙げるのももどかしくて口が先になったりっする場面があり、舞台と観客が一体になって物語の中に入り込んでいる感覚を味わいました。
時には人形を持って演じる「みにくいあひるの子」
実際の舞台で起きた「心が動く瞬間」
実際に「人魚姫」の舞台で緊迫したシーンは陽が昇れば人魚姫は泡になってしまう。ナイフで王子の胸を刺せば人魚に戻れる。「王子を刺して戻っておいで」とおばあ様とお姉さん達が激しく歌いあげる。人魚姫は苦しみ悩む。
観客の子どもたちに人魚姫は語りかけます。「王子を刺せば私は助かる。どうしよう・・・」会場のい子ども達の声は二つに分かれます。「助けたのは人魚姫なのに王子はバカだよ」「あんたが生きた方がいい。王子は見る目がないのだらか仕方ない」女の子は圧倒的に人魚姫の味方です。
「王子を刺すのは止めろよ」「人殺しして助かりたいのか」男の子は王子を刺すなと言います。すると、会場の男の子と女の子が言い合いになります。このシーンは歌で進めているので会場の子供達と対話することができません。
♪王子を刺せない、と人魚姫が切なく歌い上げます。人魚姫に王子を刺せと唆すのは魔女だと言う設定にしています。王子を許して愛を全うしようとする人魚姫に対して、魔女が邪魔するという脚本なのです。
人魚姫は舞台奥の黒紗カーテンの後ろにシルエットだけ見せた魔女に向かってナイフを投げつけます。真っ赤な照明を当て魔女は消えます。
観客は固唾を呑んで舞台に魅入ります。先ほどまで王子を刺すか刺さないかと騒いでいた子供達も声が出ません。泡になった人魚姫が白い衣装ヲ纏った空気の精に導かれては天の国に召されて行くシーンになって初めて口を開きました。
「それでいいんだよ」「人魚姫,死んだけれど死んでない」「良かったね」隣同士で囁き合っています。人魚姫の最後は自己犠牲に見えるけれど、美しい魂は天国に召されるというアンデルセンのメッセージを心の奥深く感じることができました。
ただ舞台を観ているのではなく自分の思いを舞台にぶつけて対話したからこそ、アンデルセンの深さが心に奥底にしっかり落ちたのです。対話型ミュージカルは物語に主体的に関わることができるのです。
ここまでお読みいただくと難しく感じるかもしれませんが、大丈夫。ぜひチャレンジしてみてください。
感情の共有
ミュージカル「アンデルセン」オーデンセ川の洗濯女市民俳優が活躍
「雪の女王」の公演では、ゲルダがカイを探して旅をするシーンで、観客の子どもたちが「頑張れ!」と声援を送ってくれました。
終演後、親御さんから「普段は内気な娘が、あんなに大きな声で応援するなんて初めてです」と感想をいただき、舞台が子どもたちの心を動かす力を持っていることを実感しました。
子どもと創る舞台の教育的価値
私自身、舞台を通じて「自分の意見を持つこと」「他人の考えを尊重すること」の大切さを子どもたちに伝えたいと考えています。実際、公演後のワークショップで「自分だったらどうする?」という問いに、子どもたちが真剣に考え、意見交換をする様子は、まさに教育の現場そのもの。舞台が「考える力」「想像する力」「創造する力」を育む場になっていると感じます。
コミュニティの形成
公演後、初対面の親子同士が「今日の人魚姫の選択、どう思った?」と感想を語り合っている光景をよく目にします。舞台をきっかけに、子どもも大人も自然と会話が生まれ、地域のコミュニティが広がっていくのを実感しています。
参加型演出の工夫と裏話
アンデルセン童話の深いテーマを舞台を通じて観客と一緒に考えることで、物語の深みを共有する体験を提供します。さらに、物語の深みを共有することで、人々が心の奥底でつながることができる特別な体験を提供します。
新しい表現方法
:単なる物語の鑑賞ではなく、観客が物語の一部として参加することで、より没入感のある新しいミュージカル体験を楽しめます。さらに、観客が物語を主体的に捉えることで、自己の価値観や人格形成に寄与する深い体験を提供します。
舞台化されたアンデルセン童話の魅力
「みにくいアヒルの子
主人公が苦しみながらも自分を信じて成長していく姿を、実際に子どもたちが演じます。リハーサル中、ある男の子が「僕も学校で友達とうまくいかなくて悩んだことがある」と話してくれました。その体験をもとに、彼自身が主人公の気持ちに寄り添った演技を見せてくれたのが印象的でした。
「人魚姫」
魔女に声を売ってまで王子への愛を貫きたい葛藤を描き、犠牲に見える選択の中で最後は天の国へ行くという希望を表現し、観客に深い感情を呼び起こす演出。さらに、人魚姫に対するおばあさまの愛を強調し、彼女の選択を支える重要な要素として描きます。
「雪の女王」
サタンとして描かれた雪の女王が、ゲルダの愛と勇気によってカイを救う物語。ゲルダの献身的な行動と愛が、観客に深い感動を与える舞台。
対話型ミュージカルの構築方法
「あなたならどうする?」と選択肢を提示するシーン。
キャラクターが観客に直接語りかける形で、物語の中に引き込む演出を行います。例えば、緊迫した場面で「この選択が未来を変えるかもしれない。あなたならどうする?」と問いかけ、観客の心に響く瞬間を作り出します。
多層的な対話
キャラクター同士の対話が観客の心に響く瞬間を作り出します。例えば、キャラクター同士が葛藤や感情をぶつけ合う場面で、観客がその緊張感を共有することで物語の深みを感じることができます。
さらに、観客との対話を通じて、物語の新たな面を引き出す演出を行います。例えば、キャラクターが観客に「この選択が未来を変えるかもしれない。あなたならどうする?」と問いかけることで、観客自身が物語の一部となる体験を提供します。
アクティブな演出
- 観客の反応を演出に取り入れる柔軟性が必要です。例えば、観客が拍手や歓声を送るタイミングに合わせて演者が即興でセリフを追加したり、観客の反応に応じて物語の展開を微調整する演出を行います。
- また、観客が選択肢を選ぶ場面では、その選択に基づいてキャラクターの行動やセリフが変化することで、観客が物語の一部として参加している感覚を強調します。
舞台を通じた観客の変化
「人魚姫」
の舞台では、観客は人魚姫が声を失う選択を通じて愛の意味を考え続けることができます。声を失うという犠牲が本当に愛の証なのか、それとも別の選択肢があったのか、観客自身が答えを見つける体験を提供します。
「雪の女王」
では、ゲルダの愛と勇気がカイを救う物語を通じて、愛と献身の力について深く考えるきっかけを与えます。観客は、愛とは何か、勇気とは何かを自分自身で問い続けることができます。
「みにくいアヒルの子」
主人公が孤独と葛藤を乗り越え、白鳥としての自分を発見する物語を通じて、自己受容と成長の意味を考える体験を提供します。観客は、アイデンティティとは何か、自己肯定感を持つことの重要性について深く考えるきっかけを得ることができます。
感情の波に乗せて導く
ミュージカルならではの音楽とダンスで観客を深い感動へと導きます。
例えば、「人魚姫」の舞台では、人魚姫が海の中で自由に泳ぐシーンが軽やかな旋律と優雅な動きで表現され、幻想的な世界を観客に体験させます。
しかし、彼女が声を失う場面では、切ないバラードが響き渡り、静寂と緊張感が舞台全体を包み込みます。この対比によって、観客は彼女の選択の重みを心から感じることができます。
「雪の女王」では、氷の世界を象徴する冷たい旋律が流れ、ダンサーの鋭く洗練された動きが氷の冷たさを演出します。しかし、ゲルダがカイを救う場面では、温かさと希望を象徴する力強い歌声と躍動感あふれるダンスが展開され、観客の心が震えるような感動が生まれます。
この演出を通じて、愛と勇気の力がいかに大きな影響を持つかを体感できるのです。「みにくいアヒルの子」では、序盤の孤独な雰囲気を静かで繊細なメロディと控えめな振付で表現し、主人公の心の内を浮き彫りにします。
しかし、白鳥としての自分を発見する瞬間には、壮大なオーケストラの響きと優雅な舞踏が展開され、観客に希望と歓喜をもたらします。この変化は、「成長」と「自己受容」の瞬間を象徴し、観客自身の人生にも響くような感動を生み出します。
観客の声,演者の声
「自分が物語の一部になったようで、感動しました!」
演者の視点: 「観客の反応がリアルタイムで感じられ、舞台が生きているようでした。」
成功事例: 実際に行われた対話型ミュージカルの公演では、観客の満足度が非常に高く、SNSでも話題になりました。
Q&A: 良くある質問と私の答え
Q: なぜ「みにくいアヒルの子」を選んだのですか?
A:実は私自身、子どもの頃に「自分はみんなと違う」と悩んだ経験があります。この物語を通じて、「違っていてもいい」「自分を信じていい」というメッセージを子どもたちに伝えたいと思い、舞台化を決めました。
いつも子ども達に言います。「みんな違ってみんないい」と。すると、子ども達は声を揃えて「金子みすず」と返してくれるのですよ。
「人魚姫」の舞台化で特に注目した点は何ですか?
誰も見たことのない人魚の世界へ観客を連れていくのはとても難しい。アニメや絵本であれば表現しやすいですが、生の舞台で人魚の世界を表現するのはとても難しいです。
観客は絵本やディズニー映画を見ていますからそれなりのイメージを持っています。ひとつでもリアルな大道具、小道具を作ってしまえばどのシーンにもリアルな道具を作らなければなりません。
私の劇団には製作予算も無いし、大小の道具を収納する倉庫もありません。どうしよう、ほんとうに悩みました。
そこで思いついたのが、語りと音楽と照明と衣装で表現するメインにした舞台作りです。道具については大道具は使わないで小道具だけにしました。舞台転換の手間暇、時間に気を使わなくて済み、キャストの芝居に時間を取ることができ、作品のメッセージ表現に没頭することが出来ました。
「雪の女王」の舞台化はどのような特徴がありますか?
雪の女王の心の冷たさとゲルダの自己犠牲の愛の強さを象徴する物語を、視覚的な演出と音楽で強調し、愛と友情の力を伝えました。
対話型ミュージカルとしてのアンデルセン童話の魅力は何ですか?
観客が物語の一部となり、選択や反応を通じて物語の展開に影響を与えることで、深い没入感を得られる点です。観客は物語を通じて自己を見つめ直し、他者とのつながりを感じることができました。また、感情的な体験を通じて、深い印象を残しました。
新しい演劇体験の提案
毎回の公演ごとに、子どもたちの反応や意見から私自身が学ぶことがたくさんあります。特に印象的だったのは、ある小学生の男の子が私にこっそり言ってきたことです。「先生、僕もみんなと違うって悩んでたんだ。みにくいあひるの子といっしょ」その子は、学校でも皆に馴染めなくて休み時間もひとりぼっち。
みにくいあひるの子役を演じてからは明るくなって、学校でも教室の隅でひとりぼっちということがなくなったそうです。
舞台を通じて、子どもたちが自分の気持ちを表現し、他の子と共感し合う姿を見るたび、「この活動を続けてきて本当に良かった」と心から感じています。今後も、アンデルセン童話の世界を通じて、子どもたちが自分らしく輝ける場を作り続けていきたいです。
これからも、アンデルセン童話の世界を通じて、みんなで心を動かす体験を届けていきたいです。
「劇団天童があなたの舞台をサポートします!」
アンデルセン童話の深いテーマと哲学的な問いを、対話型ミュージカルを通じて多くの人々に届けたいと考えています。特に子供たちに、物語の深さを体感し、自己発見や成長のきっかけを提供することを目指しています。
私たちの劇団では、観客が物語の一部となり、選択や反応を通じて物語の展開に影響を与える新しい演劇体験を提供しています。これにより、観客は物語を通じて自己を見つめ直し、他者とのつながりを感じることができます。
アンデルセン童話の哲学的な深みと対話型ミュージカルの可能性が融合することで、観客の心と頭を揺さぶる特別な舞台が完成します。この新しいスタイルは観劇の未来を切り開く一歩になるでしょう。
劇団天童の公式サイト: http://gekidantendou.com
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