はじめに:童話が育てる子どもの心
小さな頃、母に読み聞かせてもらった童話は、物語が終わった後もずっと心の奥に残っています。私は劇団の活動を通じて、子どもたちが物語にふれる瞬間の表情、心が動いた時の瞳のきらめきを何度も見てきました。なかでもアンデルセン童話とグリム童話は、同じ「童話」と呼ばれながら、その雰囲気や伝えたいメッセージが大きく異なります。 本記事では、私自身が舞台やワークショップで体験したエピソードを交え、両者の違いと、その物語が子どもたちの心にどう届くのかを、教育現場や家庭でのヒントとなるようにご紹介していきます。
子どもたちの心に届く“二つの童話”~現場の声から
劇団の教室で、小学一年生の男の子が『人魚姫』のラストを読み終えたとき、「悲しいのに、なぜか胸があったかい」と呟いたことがありました。一方、『ヘンゼルとグレーテル』の演劇発表後には、「悪いことをしたら必ず罰がある、でも頑張れば助け合えるんだね!」という声が聞こえてきたのを今でも鮮明に覚えています。このように、アンデルセン童話は心の奥を静かに揺さぶり、グリム童話は行動や善悪をはっきりと教えてくれる。現場での子どもたちのリアクションからも、その違いは一目瞭然です。
アンデルセン童話の特徴と“心へのアプローチ”
アンデルセン童話には、現実の苦しさや孤独、それでも希望を捨てない心が丁寧に描かれています。私は『マッチ売りの少女』を朗読した後、子どもが「悲しいだけじゃなくて、少女は最後に幸せになった気がした」と話してくれて、物語が一人ひとりの感じ方や想像力へじっくり届いているのを実感しました。 アンデルセン童話の多くは、登場人物の感情のゆらぎを細やかに描き、読む人にも「自分なら、どう感じるだろう」「どの場面で共感しただろう」と問いを投げかけてきます。そうした静かな響きが、子どもの自己肯定感や他者を思いやる気持ちへとつながっていくのだと、現場で日々感じています。
アンデルセン童話とは?自己肯定感や共感力を育てる
アンデルセン童話は、デンマークの作家ハンス・クリスチャン・アンデルセン(1805年〜1875年)によって書かれた創作童話です。 代表作には「人魚姫」「みにくいアヒルの子」「マッチ売りの少女」などがあり、登場人物の内面や感情に深く迫る作品が多く、読者の心に静かに語りかけてきます。
アンデルセン童話の特徴は、芸術性の高さと感情の繊細な描写です。 悲しみや孤独、希望といった感情が丁寧に描かれており、子どもたちが自分の気持ちを見つめるきっかけになります。
教育現場では、自己肯定感や共感力を育てる教材として活用しやすく、SELの実践にもつながります。
グリム童話の特徴と“社会性・善悪へのまなざし”
私がグリム童話を子どもたちに紹介する時、「正しいことと間違っていることを物語から学べる」と、その効果を改めて感じます。『赤ずきん』や『白雪姫』には危険や誘惑が現れ、「どうやったら助かるのか?」「なぜ悪いことをしてはいけないのか?」と話し合いのきっかけになります。 特に『ブレーメンの音楽隊』を劇で演じるとき、年齢や背景の違う登場人物たちが協力して困難を乗り越える場面で、演じた子どもたちは「一人じゃできなくても、力を合わせれば大丈夫なんだ!」と実感していました。善悪のわかりやすさと、協力・勇気の大切さを自然に体験できる点が、グリム童話の大きな特徴です。
グリム童話は、ドイツのグリム兄弟が民話を収集・編集した作品群です。 「赤ずきん」「ヘンゼルとグレーテル」「白雪姫」など、善悪の対立や教訓的な要素が強く、子どもたちに社会的ルールや危機管理を伝えるのに適しています。
グリム童話の特徴は、民衆の知恵やリアリズムが反映されている点です。 時に残酷な描写もありますが、それは現実の厳しさや人間の本質を伝えるための表現でもあります。
保護者の方が家庭で読み聞かせることで、道徳的な価値観や人との関わり方を自然に学ぶ機会になります。
5. 教育現場でどう活かす?~現場の実践から見えたこと
私が実際に保育園や小学校で取り組んできた中で、アンデルセン童話は「静かに自分の気持ちを考えたい時」、グリム童話は「行動や善悪をみんなで考える授業や劇」に最適だと感じます。例えば、お楽しみ会で『人魚姫』の劇を発表したクラスでは、終演後に静かに涙を流す子や「自分の夢を持つって勇気がいるんだ」と感想を話す子がいました。一方で、グリム童話の『ヘンゼルとグレーテル』を題材にしたゲームでは、「本当は怖かったけど、お兄ちゃんと一緒に脱出できたのがうれしかった!」と、協力や勇気について皆で語り合う盛り上がりがありました。目的や子どもの様子に合わせて、二つの童話を使い分けることが心の成長に大きく役立ちます。
教育的視点 | アンデルセン童話 | グリム童話 |
---|---|---|
SELとの親和性 | 感情の揺れや自己理解を促す | 社会的ルールや善悪の判断を学ぶ |
表現活動 | 人形劇・朗読劇に向く | 道徳劇・役割遊びに応用しやすい |
保護者との共有 | 感情教育の入り口として | 家庭での読み聞かせに最適先生・保護者の皆さまへ──童話を“育ち”に活かすヒント |
実践例:劇団天童での取り組み
劇団天童では、童話を通じて子どもたちの心に働きかける活動を行っています。
- 「人魚姫」では、自己犠牲と選択のテーマを扱い、子どもたちが「自分だったらどうする?」と考えるワークショップを実施。
- 「赤ずきん」では、信頼と危険予知をテーマにした人形劇を通じて、子どもたちが“見えない危険”について考える機会を提供しています。
SELの視点を取り入れた台本づくりや、保護者との共有型ワークショップも好評です。 子どもたちは物語の登場人物になりきりながら、自分の感情や考えを表現する力を育んでいます。
先生・保護者の方への実践のヒント
童話を読み終えた時は、ぜひ「どんなことを思った?」と子どもに自由に話してもらう時間をとってみてください。アンデルセン童話は寝る前や静かなひとときに読み、一緒に余韻を味わうことで感情の揺れや優しさが育ちます。グリム童話は日常のやり取りや道徳の授業、遊びの中でも役立ちます。たとえば「赤ずきん」を読んだ後、子どもたちと“危ない時どうする?”“助けを呼ぶ時は?”など、生活に根ざした危機管理の話に展開できます。大切なのは、童話が終わった後の「語り合い」を通じて、子どもの考えにゆっくり耳を傾けることです。
童話は、ただの“昔話”ではありません。 子どもたちの「やさしさ」と「表現力」を育てる、心の栄養です。 劇団天童での実践を通して、私は何度もその力を目の当たりにしてきました。
どうぞ、先生や保護者の皆さまも、童話の“ちがい”と“ちから”を味方につけて、子どもたちの心にそっと寄り添ってみてください。
おわりに:物語とともに育つ心
私は、これまで数えきれないほどの子どもたちと物語の世界を旅してきました。その中で強く感じたのは、「子どもは物語を通して自分の気持ちや他者への思いやりを育てていく」ということです。アンデルセン童話がもつ静かな問いかけ、グリム童話が与えてくれる勇気やルール、そのどちらも、現代を生きる子どもたちの成長に欠かせない“心の栄養”です。先生や保護者の方が“聞き手・語り手”となることで、子どもたちの日々はより豊かに、温かく変わっていきます。これからも、童話の力で子ども一人ひとりの“生きる力”を育てていけたらと心から願っています。
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