はじめに|子どもの心にふれる劇の力
「王妃って意地悪だけど、本当はさみしいのかもしれない。」 ある年、クラスの中心にいる元気な男の子が、休み時間の終わりにそうつぶやきました。
発表会ではヒーロー役やナレーターを選ぶことが多かったその子が、その年だけは迷わず「王妃をやりたい」と名乗り出たのです。 その瞬間、私は、白雪姫という物語が子どもの心の深い部分に触れていることをはっきりと感じました。
子どもは、物語の登場人物になりきることで、自分の中にも似た気持ちがあることに気づき始めます。 うれしい、こわい、さみしい、悔しいといった感情に名前をつけ、安全な場で表現できたとき、少しずつ心の動き方が変わっていきます。
この記事では、グリム童話『白雪姫』を題材に、小学校低学年の子どもたちと実際に行った劇あそびの流れをまとめます。
SEL(社会性と情動の学び)の視点を取り入れながら、
・導入の仕方 ・子どもと一緒に進める台本づくり
・配役を決めるときの考え方
・セリフ練習と短時間でできる練習法
・発表とふりかえりのポイント など、教室でそのまま活用できる実践のコツを、具体的なエピソードとともに紹介します。
なぜ数ある童話の中から『白雪姫』を選ぶのか
『白雪姫』は、登場人物の数が多すぎず、それぞれの役の性格や立場がはっきりしているため、低学年の子どもにも理解しやすい物語です。
王妃の嫉妬や不安、白雪姫の怖さや心細さ、小人たちとの安心できる暮らしなど、子どもが日常の中で経験している感情と重ねやすい場面がたくさん含まれています。
そのため、SELの5領域(自己認識・自己管理・社会的認識・関係スキル・責任ある意思決定)を、特別な教材を用意しなくても、物語世界の中で自然に経験させることができます。
白雪姫の劇あそびをどう進めるか|4つのステップ
私の教室では、『白雪姫』の劇あそびを次の4つのステップで進めています。
1.導入:物語と登場人物の気持ちに出会う
2.台本づくり:子どもの言葉からセリフを生み出す
3.練習:短い場面をくり返しながら表現と台本を育てる
4.発表とふりかえり:感じたこと・できたことを言葉にする 一見むずかしそうに見えますが、1回15〜30分の時間を積み重ねるだけでも、子どもたちの表情や声に変化があらわれてきます。
最初の導入では、絵本や紙芝居、短い朗読など、子どもが集中しやすい形で物語を共有します。
一度で最後まで読み切る必要はなく、印象的な場面ごとに区切りながら、「ここで白雪姫はどんな気持ちかな?」「王妃は何をこわがっているんだろう?」と問いかけていきます。
この段階では、答えを一つに決めるのではなく、「そう感じたんだね」とそれぞれの受け止め方を尊重することが、安心して気持ちを話せる土台になります。
ステップ2:台本は「先生が配るもの」から「一緒につくるもの」へ
私は、最初から完成した台本を配るのではなく、授業の中で少しずつ台本を形にしていきます。
黒板に簡単な場面の流れを書き、そこに入るセリフを「白雪姫なら何て言いそう?」「王妃は心の中で何を考えているかな?」と子どもたちと一緒に考えます。
そのときに出てきた子どもの言葉を拾いながら短いセリフに整えていくと、「自分たちでつくった台本だ」という感覚が自然に育ちます。
自分の意見や言葉が台本の一部になる経験を重ねると、子どもたちの表情ははっきりと変わっていきます。
「このセリフ、ぼくが考えたんだよ」「さっきより王妃っぽく言えたかも」と、自分から工夫を提案する姿が増えていきます。
「自分がつくったセリフだからこそ、相手に届くように言いたい」という気持ちが、声の大きさや間の取り方にも表れてくるのを感じます。
劇と言うと「本番に向けた練習」が強く意識されがちですが、実際には、台本づくりの時間からすでにSELの学びが始まっています。
自分の中にあるモヤモヤやドキドキに言葉を与えたり、友だちの受け止め方の違いを知ったりすることで、「自分の気持ち」と「相手の気持ち」の両方に目を向けるきっかけになるからです。
子どもと一緒に言葉を探す時間は、感情をことばにしていく力を育てる、大切なプロセスだと感じています。
ステップ3:短い場面をくり返しながら台本と子どもを一緒に育てる
練習では、最初から最後まで通して演じるのではなく、1〜2分程度の短い場面に切り分けてくり返し演じるようにしています。
たとえば「白雪姫が森に逃げ込む場面」だけを何度か演じ、そのたびに「前よりこわそうに見えた?」「どの声がいちばん気持ちに合っていた?」と感想を伝え合います。
こうした小さな往復の中で、子どもの表現が深まり、それに合わせて台本の言葉も少しずつ洗練されていきます。
何度か同じ場面を演じていると、「この言い方だと言いにくい」「ここで一拍おいてから言いたい」など、子どもたちから台本そのものへの提案が出てきます。
そのときは、「じゃあ、どう言い換えてみようか?」と一緒に考え、台本に赤ペンで書き足したり、語尾を変えたりしていきます。
自分の感覚に合わせて言葉を調整していく経験は、「どう表現するかを自分で選ぶ力」を育て、SELにおける自己管理や責任ある意思決定のトレーニングにもつながります。
ステップ4|発表とふりかえりで「できたこと・気づいたこと」を共有する
発表が終わったあと、「どうだった?」と一言で終わらせず、少し順番を意識しながら問いかけていきます。
まずは自分自身について、「どんな気持ちで演じていた?」「今日できたことは何?」と聞き、次に友だちについて「すごいと思ったところは?」「心に残った場面は?」をたずねます。
最後に、「もう一度やるとしたら、どこを変えてみたい?」と、次への一歩を自分で考える時間をとることで、自己認識から社会的認識、責任ある意思決定へと自然に話がつながっていきます。
台本づくりのコツ|「気持ち」と「子どもの言葉」を中心に組み立てる
場面ごとに「気持ちのことば」を決める
台本づくりの最初の一歩は、「この場面でこの役はどんな気持ちで動いているのか?」を一緒に考えることです。
白雪姫が森に逃げる場面であれば、「こわい」「ひとり」「でも止まれない」など、思いつく感情のことばを黒板に並べ、そこから短いセリフをつくっていきます。
王妃の場面では、「怒っている」「負けたくない」「さみしい」など、表に出ている感情と心の奥にある気持ちの両方を挙げることで、子どもたちの想像が広がり、役への共感も深まります。
悪役だから見えてくる“心の奥”|子どもの声が台本を変える瞬間
劇あそびをしていると、多くのクラスで「悪役をやりたい!」という声がいちばん多くあがります。 ふだんの生活では、誰かに向かって強い言葉をぶつけたり、嫉妬や怒りをそのまま出したりすることは簡単ではありません。
けれども「役のことば」としてであれば、心の奥にたまっていたモヤモヤやイライラを、安全な形で外に出すことができます。
ある年、普段は発表であまり手を挙げない男の子が、「王妃をやってみたい」と小さな声で申し出たことがありました。
クラスの子どもたちは意外そうな表情を見せましたが、本人の希望を尊重して王妃役をお願いしました。
練習が始まると、その男の子は身体全体を使って怒りや悔しさを表現し、これまで聞いたことのないような大きな声でセリフを言い切りました。
その姿を見たクラスメイトは、「あんな一面があったんだ」と友だちを新しい目で見るようになっていきました。
この経験から、「悪役を演じることは、子どもが自分の中のネガティブな感情と安全に向き合う機会になる」と強く感じました。
演劇教育の目的は、完璧な動きやセリフをそろえることではなく、子どもたちが自分の感情を自覚し、それを他者に伝わる形で表現することにあります。
そのプロセスそのものが、SELの学びとして子どもの心を大きく動かしていくのだと思います。
配役とセリフ練習の工夫|「やってみたい」を起点に広げる
配役を決めるとき、私は「見た目」や「普段の性格」ではなく、「この役をやってみたい」という子どもの気持ちを一番大切にしています。
同じ役に希望が集まったときは、前半と後半で役を交代する、ペアで同じ役を担当する、子ども同士で話し合って決め方を決めるなど、いくつかの方法を試してきました。
自分で選んだ役に取り組む経験は、その役の気持ちを深く考えたり、役割を最後までやり遂げようとしたりする姿勢を育ててくれます。
セリフ練習のねらいは、「一語一句間違えずに覚えること」ではなく、「感情を言葉にのせること」です。
練習の初めには、「うれしいときの声」「悲しいときの声」「少し怒っているときの声」など、短いフレーズをいろいろな気持ちで言ってみるミニゲームを行います。
そのうえで本番のセリフを言ってみると、子どもたちは声のトーンや表情を自分なりに調整しながら、役の気持ちに近づこうとするようになります。
教室が変わる瞬間|白雪姫の劇あそびで見えた3つの変化
変化1|自分の気持ちをことばにできるようになったとき
白雪姫役を担当したある女の子が、練習の合間に「白雪姫って、きっとすごく心細かったと思う。私も家でひとりで待っているとき、同じような気持ちになる」と話してくれたことがあります。
その言葉をきっかけに、「ぼくはこういうときにこわくなる」「私は怒りたくなる」と、クラス全体が自分の気持ちをことばにする時間へと変わっていきました。
SELの観点から見ると、これは自己認識と社会的認識の両方が深まった瞬間でした。
変化2|舞台に立つことへの不安が小さくなったとき
別のクラスでは、初回の練習でほとんど声が出なかった男の子がいました。 最初は立ち位置を確認するだけで精一杯でしたが、短い場面を何度もくり返すうちに、隣の友だちと目を合わせながらセリフを言えるようになっていきました。
本番当日、彼は大きな声でセリフを言い終えたあと、客席からの拍手を受けて、これまで見たことのないような誇らしそうな表情を見せてくれました。
変化3|家庭とのつながりが深まったとき
発表会のあと、その男の子のお母さんが静かに涙ぐみながら話しかけてくださいました。
「家ではあまり自分から話すことがないので、今日の姿に驚きました。教室でこんな表情をしていたんですね。」
劇あそびは、子どもの成長を保護者と共有するきっかけにもなり、教室と家庭をつなぐ架け橋になると感じています。
まとめ|『白雪姫』の劇あそびは、子どもの心を育てるSELの実践の場
『白雪姫』を題材にした演劇教育は、SEL(社会性と情動の学び)を自然に育てる実践です。 子どもたちは、物語の登場人物になりきることで、次のような力を身につけていきます:
- 自分の気持ちに気づく(自己認識)
- 感情をコントロールする(自己管理)
- 他者の気持ちを想像する(社会的認識)
- 仲間と協力する(関係スキル)
- 行動を選ぶ力を育てる(責任ある意思決定)
これらの力は、台本づくり・配役・セリフ練習・劇あそびといった活動の中で、 無理なく、楽しく育まれていきます。
よくある質問(FAQ)|白雪姫の劇あそびでよく聞かれる5つの疑問
Q1. 小学校1・2年生でも『白雪姫』の劇あそびはできますか?
A. できます。登場人物の数が多すぎず、それぞれの性格も分かりやすいので、低学年でも感情移入しやすい物語です。
長いセリフを覚えられなくても、短いフレーズや動きだけで参加できる役を用意すれば、クラス全員で取り組むことができます。
Q2・台本づくりはやっぱり難しいですか?
A. 「一人で完璧な台本を書こう」と考えると大変ですが、「子どもと相談しながら少しずつ形にしていく」と考えれば、それほど難しくありません。
授業の中で子どもがこぼしたつぶやきや意見をメモしておき、その言葉をもとにセリフを組み立てていくと、自然で伝わる台本になっていきます。
Q3. 配役はどう決めるのがよいでしょうか?
A. 基本は、「この役をやってみたい」という子どもの意思を尊重して決めます。 希望が重なった場合は、
・交代制(1回目と2回目で役を交代する)
・ダブルキャスト(同じ役を二人で担当する)
・子どもたち同士で話し合い、決め方自体を一緒に考える といった方法があります。
自分で選んだ役に向き合う経験は、責任感や主体性を育てる貴重な機会になります。
Q4. セリフを覚えるのが苦手な子にはどう関わればよいですか?
A. セリフの暗記よりも、「その場面の気持ちが伝わっているかどうか」を大切にします。 「この役は今どんな気持ちかな?」と一緒に考え、子ども自身の言葉に言い換えてもかまいません。
どうしても言葉が出てこないときは、表情や動きだけで気持ちを表す役割をお願いするのも、十分に意味のある参加の仕方です。
Q5・授業の合間にしか時間が取れません。それでも効果はありますか?
A. あります。 1回15〜30分程度の短い時間でも、「やってみる → ふりかえる → もう一度やってみる」というサイクルを何度か回すことで、子どもたちの表情や声は少しずつ変わっていきます。
大きな発表会を目指さなくても、「今日のベストを出す小さな発表」を積み重ねていくことで、表現力と自信は確実に育っていきます。
まとめ|『白雪姫』の劇あそびは、子どもの心を育てるSELの実践の場
『白雪姫』の劇あそびは、特別な教材を用意しなくても、日々の授業の中でSEL(社会性と情動の学び)を育てていける実践です。
・自分の気持ちに気づく(自己認識)
・その気持ちを調整しながら表現する(自己管理)
・登場人物や友だちの心を想像する(社会的認識)
・仲間と役割を分け合いながら協力する(関係スキル)
・どう行動するかを自分で選ぶ(責任ある意思決定)
こうした力は、台本づくり、配役、練習、発表、ふりかえりのすべてのプロセスの中で、遊びのような感覚のまま少しずつ積み重なっていきます。

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