はじめに|魔女って、ただの悪者?
「魔女って、怖いから子どもにやらせたくない」「悪者を演じるのは、子どもにとってどうなんだろう?」これは、私が人形劇の実演を通して、保育士や保護者の方から何度もいただいた声です。
でも、実際に子どもたちと『ヘンゼルとグレーテル』を演じてみると、“怖い魔女”が、子どもたちの心を大きく育てる存在であることに気づかされます。
私の解釈では、魔女は“もうひとりの母”。泣き虫だったグレーテルが、自分の力で兄を助け、家に帰るために、魔女という存在が必要だったのです。
この記事では、すべて現場での実演体験をもとに、保育士さんの疑問に答えながら、魔女役の意味と導き方をお伝えします。
Q1:魔女って、ただの悪者じゃないの?
魔女は“育ての母”という視点
『ヘンゼルとグレーテル』に登場する魔女は、妹のグレーテルが“自分の力で立ち上がる、成長する”ために現れる存在です。私の脚本に登場する魔女は、ただの“こわい人”ではありません。
それは、泣き虫で頼りなかった娘を、 自分の足で立ち、誰かを守れる“しっかり者”へと育てたい── そんな深い愛情を、あえて厳しさという姿で表した、もうひとりの母なのです。
グレーテルが魔女を倒すことで、自分の力を信じ、成長していくのです。ある実演のあと、観ていた保育士さんがこう言いました。
「魔女が母親に見えました。グレーテルを育てるために、あえて怖い存在になったんですね。」この言葉に、私自身も背中を押された気がしました。魔女は、子どもを育てる“試練”であり、“導き手”でもあるのです。
Q2:子どもが魔女役を怖がったらどうする?
“やってみたい”を育てる関わり
魔女役は、子どもにとって心理的ハードルが高い役です。「怖い」「声が出せない」と感じるのは自然なこと。でも、怖い役を演じることで、子どもは自分の中の“強さ”と出会います。
ある年長の女の子は、最初「魔女なんて絶対ムリ」と言っていました。でも、練習で「魔女の声ってどんな声かな?」とみんなで遊びながら試していくうちに、少しずつ「やってみようかな」という気持ちが芽生えてきました。
本番では、堂々と「わたしは魔女〜!」と歌いきり、終演後には「グレーテルが強くなったのは、魔女がいたからだよね」と話してくれました。この“気づき”こそが、実演の力です。
Q2:子どもが魔女役を怖がったらどうする?
“やってみたい”を育てる関わり
魔女役は、子どもにとって心理的ハードルが高い役です。「怖い」「声が出せない」と感じるのは自然なこと。でも、怖い役を演じることで、子どもは自分の中の“強さ”と出会います。
ある年長の女の子は、最初「魔女なんて絶対ムリ」と言っていました。
でも、練習で「魔女の声ってどんな声かな?」とみんなで遊びながら試していくうちに、少しずつ「やってみようかな」という気持ちが芽生えてきました。
本番では、堂々と「わたしは魔女〜!」と歌いきり、終演後には「グレーテルが強くなったのは、魔女がいたからだよね」と話してくれました。
この“気づき”こそが、実演の力です。
Q3:魔女役をどう導けばいい?
声・動き・気持ちの3ステップ
私が現場で実践しているのは、以下の3ステップです。
- 声を出す
- 「魔女の声ってどんな声?」と問いかけ、
- 高い声、低い声、ささやき声など、いろいろ試してみます。
- 「わたしは魔女〜♪」と歌にしてみると、子どもたちは自然に声を出せるようになります。
- 動きをつける
- 手を広げて歩く、ゆっくり回る、笑い声をつけるなど、
- 身体を使って表現することで、役になりきる楽しさが生まれます。
- 気持ちを想像する
- 「魔女はなぜ怒ってたのかな?」
- 「グレーテルに何を伝えたかったのかな?」
- と問いかけることで、子どもは“役の内面”に近づいていきます。
Q4:魔女役を通して、どんな力が育つの?
非認知能力としての“魔女体験”
魔女役を演じることで、子どもたちは以下のような力を自然に育てていきます。
- 自己認識:「怖いけどやってみたい」「できた!」という感情の整理
- 自己管理:緊張や不安を乗り越える経験
- 共感性:「魔女の気持ち」を想像する
- 社会的スキル:仲間と協力して演じる
- 挑戦する力:役を引き受け、やりきる経験
これは、まさに非認知能力と呼ばれる、これからの時代に必要な力です。
Q5:保護者や先生の反応は?
「魔女が母に見えた」という納得
実演後、保護者の方からこんな感想をいただきました。「グレーテルが強くなっていく姿に涙が出ました。魔女はただの悪人じゃなくて、“育てる存在”だったんですね。」
また、ある先生はこう話してくれました。「怖い役を演じることで、子どもが自分の力を信じるようになる。それを目の前で見られたのが、何よりの学びでした。」
魔女役を通して、子どもも大人も“物語の奥行き”に気づくのです。
『ヘンゼルとグレーテル』人形劇 台本(シーン構成)
語り手(静かに、少し間をとって語り始める)
ある年のことでした。長く雨が降らず、田畑は枯れ、草木は枯れ、食べ物がなくなっていきました。人々は口をつぐみ、子どもたちの笑い声も、だんだんと消えていきました。
飢饉の年です。生きるために、誰かを手放さなければならない──そんな悲しい決断が、あちこちでなされていた頃のことです。
この物語も、そんな時代に生まれました。泣き虫だったグレーテルが、こわい魔女に出会い、自分の力で魔女をやっつけ、兄を助け、家へ帰るまでのおはなし。
──これは、こわさをこえて、ほんとうの“つよさ”を見つける、ひとりの女の子の物語です。
それでは、『ヘンゼルとグレーテル』のはじまり、はじまり。
シーン1:森の家と貧しい暮らし
母が「朝になったら子どもたちを森に置いてこよう」と言うのをヘンゼルは聞いてしまった。
ヘンゼルはこっそり小石を拾い、ポケットに入れる。グレーテルは泣きそうになるが、兄が「大丈夫、ぼくがいるよ」と励ます。
シーン2:ヘンゼルとグレーテル 森の中で迷子になる
パンくずをまいたが鳥に食べられ、2人は迷子に。グレーテルが不安になるが、ヘンゼルが「きっと道は見つかるよ」と声をかける。
森の奥へと進んでいく。
シーン3:お菓子の家を発見
空腹の2人が、お菓子の家を見つけて夢中で食べる。「チョコレートの屋根!」「クッキーの壁だ!」と大喜び。そこへ魔女が登場し、優しげな声で2人を家に招き入れる。
シーン4:魔女の家での試練
魔女はヘンゼルを檻に閉じ込め、グレーテルにご飯作りや掃除のお手伝いをさせる。
「ヘンゼルを太らせてから食ってやる〜♪」と歌う魔女。グレーテルは怖がりながらも、兄を助ける方法を考える。
シーン5:グレーテルの勇気と脱出
グレーテルが機転をきかせて魔女をかまどに押し込む。かまどから鳥が飛び立つ。「こわかったけど、やった!」とグレーテルは叫び、ヘンゼルを助け出す。
2人は手を取り合って森を抜け、湖を白鳥の背に乗って家に帰る。
シーン6:父との再会とエンディング
2人は無事に家に帰り、お父さんと再会「もう離れないよ」と抱き合って喜ぶ。最後は全員で歌いながら、物語の幕を閉じる。
エンディングの語り
(語り手)(舞台が静まり、照明がやわらかく残る中で)
こうして、グレーテルとヘンゼルは、こわい森をぬけて、家へ帰ってきました。泣き虫だったグレーテルは、もう泣いてばかりの子ではありません。怖さをこえて、自分の力で、大切な人を守ったのです。
そして──あの魔女も、きっとどこかで見ていたでしょう。「よくやったね」「もう、だいじょうぶだよ」
そんなふうに、グレーテルの背中を、そっと押していたのかもしれません。物語は終わっても、子どもたちの“育ち”は、これからも続いていきます。
今日のこの舞台が、子どもたちの心に、小さな灯りをともしてくれますように。ごらんいただき、ありがとうございました。
まとめ|魔女は“育てる存在”である
『ヘンゼルとグレーテル』の魔女は、子どもたちを怖がらせるための存在ではありません。
それは、泣き虫だったグレーテルが、弱い自分を乗り越えて自分の力で兄を助け、家に帰るために出会う“もうひとりの母”なんです。
魔女という試練を通して、グレーテルは「こわいけど、やってみる」勇気を持ち、「できた!」という実感を手に入れます。
この物語を実演するたびに、子どもたちは自分の中の“強さ”と出会い、観ている大人たちも「育つとはどういうことか」に気づかされます。
魔女役を通して育つのは、声を出す力、身体で表現する力、そして心で感じる力。それは、これからの時代を生きる子どもたちにとって、何より大切な“非認知の力”です。
この台本と語りが、保育や教育の現場で、子どもたちの育ちを支える一助となりますように。
そして、魔女という存在が、子どもたちの心にそっと寄り添う“育ての母”として、これからも語り継がれていきますように。
子どものを自立をさせたいと思ったら、「ヘンゼルとグレーテル」の物語を人形劇にしたり、絵本で読み語りをすると良いと思います。

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