はじめに:デンマーク・オーデンセは語り手の原点を探して
そこは、童話作家アンデルセンが生まれ育った町。 彼の像の前に静かに腰を下ろし、自作の絵本を開いた瞬間、 私は“物語に語りかける”という、語り手としての原点に立ち返っていたのです。
この記事では、アンデルセンの足跡を辿りながら、 語り手としての私自身の声と向き合った“物語の巡礼”の記録をお届けします。
アンデルセンに会いたいならコペンハーゲンとオーデンセへ
「アンデルセンに、自分の絵本を読んでもらいたい」 そんな思いを胸に、私はデンマークへ旅立ちました。
向かったのは、首都コペンハーゲンと、彼の生まれ故郷オーデンセ。 どちらの街にも、アンデルセンの面影が息づいています。
コペンハーゲンは絵本の街
コペンハーゲンの街角で、私は思いがけず“アンデルセン”に出会いました。 ある小さな店にふらりと入ると、そこには黒い服を着たアンデルセンが、ゆっくりと動いていたのです。
「えっ、アンデルセン? 本物……?」 思わず声が出ました。彼は、まるで本当に生きているかのように、うなずいたのです。
✳︎コペンハーゲンの街角で出会った“動くアンデルセン” まるで本物のような存在感。ゆっくり動くので実物かとびっくり!実は実物大の人形です。
実はそれは、実物大の人形でした。でも、5秒ほどは本物だと信じてしまうほどのリアルさ。隣に置かれた小さな椅子に座り、私は彼に語りかけました。時折、うなずいてくれるその姿に、胸が熱くなりました。
店主らしき男性が「ヤポン?」と声をかけてくれたことも、忘れられません。 言葉は通じなくても、物語を愛する気持ちは、国境を越えて伝わるのだと感じました。
街に息づく童話の世界|コペンハーゲンの風景
✳︎大きな花びらの中に立つ親ゆび姫像。街角に咲いた物語の一節。
✳︎ゆったり流れる川。どちらが川上かわからないほど
✳︎デンマークの住宅街 窓が大きいのが特徴。冬に日光を取り込むのが大事
✳︎デンマークの教会 厳かで綺麗 最近は若者が礼拝に来ないのが悩み、だそうです。
また、厳かで美しい教会を訪ねたとき、地元の方が「最近は若者が礼拝に来なくなってしまってね」と話してくれました。静かな祈りの場に立ち、時代の移ろいとともに変わる信仰のかたちにも思いを馳せました。
日常に溶け込む物語の風景|デンマークの交通と暮らし
観光地でありながら、生活の足としての船が今も現役で活躍していることに驚きました。観光と日常が自然に共存している風景に、心がほっと和みました。
✳︎遊覧船かと思ったら、実は地元の人が使う渡し船。日常と物語が交差する風景。
“✳︎”電車に自転車を乗せる風景” 座席に座っている人もあれば、自転車の側に立っている人もいます。この人は荷物を積んでいます。
オーデンセで語る|アンデルセン像の前で
✳︎ベンチに座るアンデルセン像。私はその隣に腰を下ろし、絵本を開いた。
アンデルセンの足跡を辿る旅路
✳︎アンデルセンの生家 とても小さくてちょっと驚いた
✳︎博物館へと続く足跡。物語の世界へと誘う道しるべ。
聖クヌート教会の庭には、もうひとつのアンデルセン像が立っています。静かな庭に佇むその姿は、まるで祈りの中にいるようで、私はしばらく足を止めて見つめていました。
✳︎聖クヌート教会のアンデルセン像 静かにひっそり立っている。
✳︎アンデルセン、笑顔の写真(博物館蔵)
✳︎アンデルセンに本を読んでもらう子ども達の像(アンデルセン博物館展示)実物大。温もりのあるアンデルセンの声と嬉しそうな子どもの声が聞こえてきそう。声を聞こえてきそうです。
天童ミュージカル「アンデルセン」雪の女王の謎を追う
雪の女王がカイを解放したのは何故か?本を読んでも映画を見てもわかりません。どうしても知りたい、わかりたいという気持ちが高まり、私が主催する劇団でミュージカルにして舞台にあげることに決めました。
はじめに台本書き。雪の女王は何者だ。天使か悪魔か?


✳︎「雪の女王」初演時の台本 劇団天童:浜島代志子作
原作を何度も読んだうえで、私は冬のデンマークに住んでいると自身に暗示をかける。私の目に映るのは隣同士に住むカイとゲルダが遊んでいる姿。
二人はたわいないことで口喧嘩する。その後、カイは雪の女王に連れて行かれる。カイを連れて行く雪の女王の目的は何か?
カイとゲルダの口喧嘩にヒントがある。「カイちゃんなんか雪の女王にさらわれてしまえばいい」ゲルダの一言を聞いた雪の女王がカイを連れにきた。
天使か悪魔か―― その問いに答えるなら、こう言える。雪の女王は、心の奥にある“冷たさ”を映す鏡。見た目は清く美しい悪魔だと設定しました。
言葉の力は恐ろしい。ゲルダは激しく後悔し、カイを取り戻す旅に出る。雪の女王の部下である雪の軍団が邪魔をするシーンを作る。この場面は歌とダンスナンバーで構成する。
氷になったカイを救う方法は何か?悪魔がきらいなのもの、それは愛
ゲルダの愛が、カイを救い出す鍵になる。けれど、愛は目に見えません。だからこそ、ミュージカルという表現形式が必要だったのです。
私は、ゲルダが雪の女王に向かって歌うシーンを作りました。「私の命をあげるから、カイちゃんを返して!」――その歌声が、氷の心を溶かしていく。
雪の女王は、静かに言います。「私がいちばんきらいなことをやったわね。はじめて人間に負けたわ」――そして、姿を消していく。
この場面を成立させるために、音響・照明・舞台装置のスタッフと何度も話し合いを重ねました。目に見えない“愛”を、どう舞台で表現するか。それが最大の挑戦でした。
私の命をあげるからカイちゃんを返してという歌詞を作り、氷になったカイに覆い被さり、震えながら、雪の女王に向かって激しく歌うシーンを作った。

✳︎雪の女王に囚われたカイを助けにきたゲルダ。後ろにずらりと並んでいるのは雪の軍勢
✳︎氷になってしまったカイはゲルダのことがわからない。劇団天童の舞台より
読み聞かせ・ミュージカル実演の中で見えたもの
子どもたちの反応が教えてくれたこと
語りと演劇の交差点
劇団天童の活動では、絵本の読み聞かせだけでなく、物語を舞台化することにも取り組んできました。
子どもたち、大人たち、そして観客とともに、物語を“語り合う”時間をつくること。それが、私の語り手としての原点です。
舞台では、絵本の世界を身体と音楽で立ち上げることで、物語が空間の中に生き始めます。 観客の心に残るのは、セリフだけではなく、語りの余韻と問いかけ。
それこそが、語り手として私が大切にしている“物語の力”です。読み聞かせから舞台創作まで、劇団天童ではさまざまな形で物語を届けてきました。
詳しくは、劇団天童ホームページをご覧ください。『みにくいアヒルの子』――孤独と希望を語り直す
アンデルセンの物語には、いつも“孤独”がそっと寄り添っています。『みにくいアヒルの子』もそう。誰にも受け入れられず、居場所を探し続けるあひるの子の姿に、 私は語り手として、そして一人の人間として、深く共感しました。
この作品を、私はオリジナル絵本として書き直しました。 言葉を選び、構成を整え、子どもたちが自分のこととして受け止められるように。
そして舞台では、音楽と身体表現を通して、「自分を信じる力」を、観客の心に届けることを目指しました。
語り手としての私が、アヒルの子に語りかけるように― 「あなたは、あなたのままで美しい」と。
『親ゆび姫』――小さな命の旅と選択
『親ゆび姫』は、私にとって特別な物語です。 小さな命が、さまざまな出会いを経て、自分の居場所を見つけていく―― その旅は、まるで語り手としての私自身の歩みのようでした。
絵本では、親ゆび姫の心の動きを繊細に描きました。 舞台では、彼女の選択と成長を、歌と動きで表現しました。 観客の中には、涙を流す方もいました。
それは、彼女の旅が、誰かの心の旅と重なった瞬間だったのだと思います。
プロ俳優・市民俳優・子どもたちが共に語る舞台
私たちの舞台には、プロの俳優も、市民俳優も、子どもたちもいます。 年齢も経験も違う人々が、ひとつの物語を語る―― それは、語りの本質そのものだと思っています。
商業的な演出ではなく、“物語を生きる”ことを大切にした舞台づくり。 セリフは、アンデルセンの言葉を紡ぎ直すように書きました。 演出は、余韻と問いかけが残るように構成しました。
舞台が終わったあと、観客の中に静かな沈黙が流れるとき、 私はいつも思います。 「ああ、アンデルセン…あなたの物語は、今も生きています」
市民俳優と子役にとって舞台は一生の宝物になった!
セリフは覚えてくる、演技は教えてもらうのではなく自分で考えてやってみる、ダンスナンバーは振付師が振り付けをした後は、自分で練習をしてくる、歌のパートも自分で練習してくる。
これが私の演出の仕方です。初めのうちは、「えー?子どもなのに」「仕事が忙しくて覚えられない」と言っていた小学生や看護師さんも、稽古を重ねるうちに仲間意識がどんどん強くなっていきます。
休憩時間には、お互いを役名で呼び合うようになっていきます。「おやゆび姫、もっとやさしく水を飲ませて」とつばめ役が言い、もぐら役の子が、「はじめはもぐら役なんてイヤだと思っていたけれど、おもしろくなってきた」「カエルのおっかさん、明日、残業しないで稽古に来てね」
稽古場は和気ワイワイになってきます。本番が近くなり、衣装付き稽古の段階になると、ぐっと雰囲気が引き締まり、稽古場にピンとした空気が張り詰めてきます。
小学校1、2年生の子どもが、「もう、出たくない」と泣き出して、保護者も私も困ったことがありました。そんな時は飴作戦。飴やジュースで収まらない時は、見学しようね、と声をかけて落ちついてもらいます。
プロの俳優やスタッフがやさしく接して下さるのに助けられて、いよいよ本番を迎えます。
段取りどおりいかないで慌てることもありますが、幕が降りた途端、キャスト全員がワアッと声をあげ、ハグし合います。皆でひとつになったね!
皆のきらきらした顔は、ほんとうに素晴らしい。「良かった!また、やりたい!」「自分が舞台に立てるなんて思わなかった」「一生の宝物になりました!」
お互いにありがとうを言い合って、お別れしますが、その後、共演した俳優達は良いお付き合いをしてくれます。子どもや市民俳優と共演することは、私にとっても一生の宝物になるのです。
アンデルセンと歩いた旅路|語り手としての巡礼
オーデンセ川のほとり感じた物語の始まり
✳︎アンデルセンの母が洗濯した石 川のほとりにポツンと置いてありました。
ミュージカル『アンデルセン』の中でも描いた、オーデンセ川。 彼が幼い頃に見ていたであろうその流れを、私は実際に歩いてみました。 静かで、どこか寂しげで、それでも優しい風が吹いていました。
川の音に耳を澄ませながら、私は思いました。 この川は、アンデルセンの物語の始まりを知っている。 彼の孤独も、夢も、言葉になる前の感情も、すべてこの水辺に染み込んでいるようでした。
私はその場に立ち、語り手としての自分の原点を重ねました。 物語は、こうして生まれるのだと。
コペンハーゲン劇場への道
アンデルセンが夢を抱いて歩いた道――オーデンセからコペンハーゲンへ。 私はその道を、列車で、そして足で、辿りました。
彼が初めて劇場に立ったときの緊張、希望、そして不安。 それらを想像しながら、私は劇場の前に立ちました。
チケットを買い、曲がりくねった階段を何段も昇り、次の幕までの時間をくたびれた赤いソファに腰をおろして待ちました。
その日は古典劇がかかっていました。デンマーク語がわからないので英語のパンフレットを見ながら観ましたが、正直なところよくわかりませんでした。
コペンハーゲン劇場に行くなら、事前にかかっている演目を調べることをおすすめします。早めに行って、英語のパンフレットを購入してあらすじを知っておくと楽しめると思います。
劇場の扉の前で、私は静かに目を閉じました。 「アンデルセン、あなたはここで、物語を生き始めたのですね。この劇場を訪れたとき、ミュージカル『アンデルセン』で描いた舞台の記憶がよみがえりました。
この旅の間、私はずっとアンデルセンと語り合っていたように感じます。 絵本を開くときも、舞台を思い出すときも、 彼は静かにそばにいて、“語り手としての私”を見守ってくれていたようでした。
オーデンセの川辺でも、コペンハーゲンの劇場でも、 そして像の前でも、墓の前でも―― 彼は、私の語りに耳を傾けてくれていたのです。
ああ、私のアンデルセン。 あなたの物語は、私の声の中に生きています。 そして、これからもずっと、語り続けていきます。
墓前の問いかけ|語り手としての巡礼の終わりに
アンデルセンのお墓で ご婦人と話した
✳︎アンデルセンのお墓 高さは1メートルくらい。幅は40cmくらい。お墓の下は誰が植えたかいろとりどりの綺麗なお花。
コペンハーゲンの静かな墓地。 アンデルセンの墓の前に立った私は、絵本を胸に抱きながら、ただ静かに佇んでいました。 風がやさしく吹き、木々の葉がささやくように揺れていました。
そのとき、通りかかった年配のご婦人が、私に声をかけてくれました。 落ち着いた雰囲気の方で、墓前に立つ私の姿を見て、そっと微笑みました。
「あなたは、どこから来たのですか?」 「日本からです」と答えると、彼女は少し驚いたように、でも嬉しそうに言いました。「まあ…私もアンデルセンが大好きなの。あなたは、どの作品が好き?」
私は少し迷ってから答えました。 「『みにくいアヒルの子』と『親ゆび姫』です。どちらも、舞台にしたり絵本にしたりして、日本の子どもたちに語っています。」
彼女は目を細めて、静かにうなずきました。 「どうして、わざわざ遠い日本からここまで?」 私は、胸の中にある思いをそのまま伝えました。
「アンデルセンの生涯をミュージカルにしたんです。劇中劇で『みにくいアヒルの子』と『雪の女王』を描きました。 それから、オリジナル絵本も作りました。『みにくいアヒルの子』と『親ゆび姫』。今も幼稚園や保育園で演じています。」
彼女は、少し驚いたように、でもとても優しい声で言いました。「それは素晴らしいわ。日本に帰ってからも、続けるの?」
私は笑顔で答えました。「もちろんです。生涯現役でやります。」
彼女は静かに微笑み、墓石に目を向けながら、「彼は、あなたの声を聞いていると思いますよ」と言いました。
その言葉に、私は胸がいっぱいになりました。
語り手としての答え
私は、語り手としてアンデルセンと歩いてきました。 彼の生まれた町、夢を見た川、舞台に立った劇場、そして今――この墓の前まで。
それは観光でも研究でもなく、“物語を生きる”ための旅でした。 彼の物語を語り直し、舞台にし、絵本にし、そして最後に、彼に語りかけるために。
ご婦人の問いは、私自身への問いでもありました。「語り手として、あなたは何を届けたいのですか?」
私は静かに答えました。「物語の力を信じています。だから、ここまで来ました。」
墓前での確信と静かな対話
アンデルセンの墓の前で、私は語り手としての自分を見つめ直しました。 そして、確信しました。 語りとは、誰かの人生と自分の心を重ねること。
語りとは、静かに、確かに、誰かの心に届く“声の贈りもの”なのだと。
私は絵本をそっと開き、彼の物語に語りかけました。 「あなたの声は、今も生きています。私の語りの中に、子どもたちの心の中に。」
風がそっと吹いて、木の葉が揺れました。 アンデルセンは、何も言わず、ただそこにいてくれました。
ああ、私のアンデルセン。あなたは、ずっと一緒にいてくれました。
まとめ:語り手としての旅は続く
この旅は、語り手としての私自身の物語でもありました。 アンデルセンの人生を辿りながら、私は自分の語りの意味を見つめ直しました。
オーデンセの川辺で、彼の孤独に寄り添い、 コペンハーゲンの劇場で、彼の夢に耳を澄ませ、 墓前で、ご婦人との会話を通して、語り手としての答えを見つけました。
語りとは、物語とともに歩くこと。 語りとは、誰かの人生と自分の心を重ねること。 そして、語りとは、静かに、確かに、誰かの心に届く“声の贈りもの”です。
私は、絵本を語り、舞台を創り、物語を生きてきました。 そのすべてが、アンデルセンとともにあったのだと、今ならはっきり言えます。
彼の物語を語ることは、私自身の声を見つけることでもありました。 そしてその声は、子どもたちの中に、観客の中に、静かに息づいています。
あなたは、どんな物語を生きていますか?
アンデルセンの物語は、遠い昔のものではありません。 孤独に寄り添い、夢を語り、選択を重ねて生きる―― それは、今を生きる私たちの物語でもあります。
もしあなたが、誰かに語りかけたい物語を持っているなら、 それはもう、語り手としての第一歩です。
語りは、特別な技術ではなく、心から心へ届ける行為。 あなたの声が、誰かの心に届く日が、きっと来ます。
どうか、あなた自身の物語を、大切に語ってください。 そして、もしよければ―― アンデルセンの物語を、あなたの声で語ってみてください。それはきっと、誰かの心に、静かに灯りをともすでしょう。

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