ミュージカル制作の現場では、多くの人々が力を合わせて一つの作品を作り上げます。その中で脚本家は、物語の核となる部分を構築し、観客に感動やメッセージを届ける役割を担います。
しかし、舞台という特別な表現形式には独自の難しさがあり、脚本家として多くの挑戦と試行錯誤が求められます。
舞台が成功するかどうかは脚本にかかっているということをイヤというほど思い知らされました。
本記事では、私が脚本家としてミュージカル制作に携わった際に感じた挑戦や学びについて、具体的なエピソードを交えながらお伝えします。
舞台脚本を書くということ
物語を舞台用に再構築する難しさ。未経験から脚本家になった私の試行錯誤
「小説や映画の執筆経験があるから、舞台脚本も書けるはず。人形劇の脚本は25年以上、書いてきた。人形が人間になっただけのこと、大丈夫」
――そう思っていた私は、初めて舞台脚本に挑戦したとき、まったく通用しない壁にぶつかりました。
私は脚本家の学校に通ったわけでもなく、完全に独学。 でも、だからこそ、現場での試行錯誤がすべての学びでした。
舞台は“生き物”だった|セリフと動きの再構築
舞台では、観客の視線がどこに集まるかを常に意識しなければなりません。 セリフの長さ、間の取り方、動きのテンポ―― 紙の上では自然でも、舞台上では間延びしてしまうことがある。
実際に稽古場で俳優たちが動く様子を見て、 「このセリフは舞台だと間が持たない」と気づき、何度も書き直しました。
書き直しては俳優に台詞を言ってもらい、 俳優が納得できるまで、何度でも修正。 それを繰り返すうちに「このセリフで先生の言いたいことがわかりません。やってみてください」と俳優から言われました。
「わかりませんか?」「セリフが短すぎます。このままではできません」セリフが短いのは私の脚本の特徴。人形劇が長かったから短いセリフで舞台を進める癖がついているのかもしれません。
私は、役者の言う超短いセリフで芝居をやってみせました。
「わかりました。そう言う気持ちですか。それなら3歩上手に歩いて半身を振り返り、間を取ってからセリフを言うのならできます。でも、客には伝わりにくいと思います。自分が納得していないから。やれと言われるならやりますよ」
稽古場に緊張が走り、俳優もスタッフも息を殺して私をみつます。沈黙がこわい。紙の上でのセリフと実際にやってみると違っていました。
パソコンを打ちながら私自身が動いて見てセリフを書いていたので呼吸はうまくいくと思っていましたが、俳優が動くと違うと言う事に気付かされました。
こんな時は、実際に俳優の言い分を聞いて書き直しました。脚本家は意地を張らないで現場の俳優の気持ちを大事にして素直に書き直すのが良いですね。
その繰り返しの中で、“舞台の呼吸”を学びました。
距離と角度の魔法|舞台ならではの視覚設計
舞台では、俳優同士の距離や角度が、物語の印象を大きく左右します。 たとえば、1間の距離で稽古していた場面でも、 振り返る角度や観客への見せ方を考えると、1間半の方が美しく見えることがあります。
そんなときは、納得いくまで何度も修正。 舞台は生き物だということを、イヤというほど経験しました。
キャラクター設定とセリフ作り
私の場合、キャラクターごとに「もし自分がこの人物だったらどう感じるか?」を想像し、実際に自分でセリフを声に出し、動いてみる作業を繰り返しました。
特に主人公のセリフは、稽古中に俳優から「この言い回しだと感情が伝わりにくい」と指摘を受け、現場で即興的に書き直したこともあります。
このように、現場での気付きや俳優の意見を積極的に取り入れることで、よりリアルなキャラクター像を作り上げることができました。
長々しいセリフは観客に届きません。一つのセリフに一つの感情を入れるのがコツです。
ミュージカル制作で感じた挑戦
音楽との調和 作曲家と打ち合わせは念入りに
実際の制作現場では、作曲家とのやり取りが想像以上に密でした。例えば、あるシーンで「もっと切なさを表現したい」と感じたとき、作曲家に自分のイメージを伝えるために、参考になる映画音楽を一緒に聴いたり、稽古場で即興のメロディを口ずさんでみたりしました。
時には「この曲ではキャラクターの心情が伝わりにくい」と感じ、曲自体を大幅に作り直してもらったこともあります。こうした試行錯誤の積み重ねが、舞台全体の完成度を高めてくれました。
私の場合、書き上げた脚本を作曲家にpdfで送りますが、プリントアウトして郵送してと言われる作曲家もおられます。曲調はかなり具体的に書き込んでおきます。
このセリフのここから静かに音楽が滑り込む、セリフ終わりでフェイドウトする。ここでカットアウトする。雪から吹雪に変化するシーンは20秒必要。
このセリフきっかけでM3がフェイドイン。セリフの後15秒の芝居はMが必要。
曲調は軽いワルツステップ、吹雪の音楽にSE・12秒を被せる、照明は青と黄色のグラデーション、アッパーホリ、ローホリを点滅など、詳細に脚本に書き込んでおきます。
*MというのはMusicの頭文字。M,どこから入りますか。M下げて、上げて、Mが聞こえません。M、もう少し上げて。Mの5小節でドンアップ、M先行、M終わりで照明アウトなど、ミュージカル現場ではMは重要な役割を果たします。
そのうえで作曲家と打ち合わせを何度も重ねました。特定のシーンで「この曲調ではキャラクターの感情が伝わりづらい」と感じた場合には、曲そのものを変更していただいたこともあります。
作曲家自身がアイデアがわかないというときにはイメージが掴めないということが多いので、丁寧に伝えます。何度か曲を作り変えていただいてやっと納得できる曲があがってきたこともあります。
このような丁寧な共同作業によって初めて完成度の高い作品が生まれることを実感しました。
キイワードになる歌詞は、なりたい者になる
ミュージカル「アンデルセン」の脚本制作では、テーマの核となる言葉を見つけるまでに何週間も悩みました。
図書館に通い詰めてアンデルセンの自伝や手紙、当時のデンマークの歴史資料を読み漁ったものの、なかなかピンとくるフレーズが見つかりません。
そんな中、アンデルセンの父親が彼に語りかけた「なりたい者になりなさい」という言葉に出会い、胸が熱くなりました。
自分自身も夢を追い続けてきた経験があったので、この言葉を物語の軸に据えようと決意しました。
この瞬間、脚本全体の構成やキャラクターの動きが一気にクリアになったのを今でも覚えています。
アンデルセンの父親が幼いアンデルセンにいつも言っていた言葉は「なりたい者になりなさい」でした。詩人になりたかった貧しい靴職人の父親は、一人息子のアンデルセンに自分の夢を託したのです。
そこで私は、キイワードを「なりたい者になる」に決めました。キイワードが決まると脚本の概要が浮かび上がってきました。
ミュージカルでは、舞台進行中にキイワードを何度か歌うと観客に印象つけることができます。
セリフの中にキイワードを入れて、歌に続ける
ミュージカルでは、歌が重要な位置を占めます。テーマになるからです。私が制作したミュージカル『アンデルセン』の一部をご紹介します。
シーン:アンデルセンの父親と少年ハンスが家で話している。金持ちの奥方は、父親が作った靴を履いても見ないで突き返した。
父 「わしの腕はこんなもんさ。わしは靴屋になんかなりたくなかったんだ」ハンス「父さんは何になりたかったの?」父「ああ、ハンス・・、父さんはラテン語学校に行って、本を読んだり詩を書いたりしたかったんだ。(中略)
父「(決意した様子で)お前に言っておきたいことがある」
ハンス「なあに、父さん」
父「お爺さんもわしもほんとうは靴屋になりたくなかったんだ」
ハンス「何になりたかったの?」
父「詩人だよ」
ハンス「(目を輝かせて)おじいさんもお父さんもどうして詩人にならなかったの?」
父「(苦笑して)あゝ、ハンス、なりたい者になれれば誰だって幸せだよ。おじいさんも俺も貧しすぎたのさ。でもね、ハンス・・・」
M4 なりたい者になりなさい(父とハンスの歌)
父 「人間は 幸せになるために生まれた 誰も邪魔できない 神から与えられたただひとつの個性 それを完成するために生まれた 気の進まない道を歩いてはいけないなりたい者になりなさい 人に変だと思われても 馬鹿げたことだと思っても なりたい者になりなさい 信じる道を歩きなさい」
ハンス 「(台詞)わかったよ、父さん。なりたい者になるんだね。父さんとおじいさんの分までね」
父&ハンス「人に変だと思われても 馬鹿げたことだと思っても なりたい者になるそれが生きるということ
ハンス「希望を持って歩こう」
父「信じる道を歩きなさい」
父は母を呼び寄せて
父「いいかい、母さん、頼んだよ」
母「まあ、父さん、まるで遺言じゃありませんか」
なりたい者になる。信じる道を歩こう」
この後、アンデルセンが苦難に遭うたびに、キイワードが登場します。台詞の時もあれば歌の時もあります。
物語の要所で歌うことによって観客の心に深く染み入ります。
ミュージカル脚本家が最も大事にするのが歌詞とメロディです。
観客へのメッセージ性
私が特に意識したのは、「観客が劇場を出た後も心に残るメッセージをどう届けるか」という点です。
例えば、アンデルセンの物語を通して「自分の夢を信じて進む大切さ」を伝えたいと考えましたが、説教臭くならないよう、キャラクターの自然な会話や歌詞の中にさりげなくテーマを織り込みました。
実際に公演後、観客から「自分も夢を諦めずに頑張ろうと思った」という感想をいただいたときは、脚本家としての手応えを強く感じました。
私は「この作品から何を伝えたいか」というテーマ設定に多くの時間を割きました。そして、そのテーマがすべてのシーンやキャラクター設定に一貫して反映されるよう工夫しました。
キャスト、スタッフが良い作品を創り出したいという熱い思いを共有するためには先ず脚本が第一です。脚本は、一軒の家を建てるときの骨組み、土台のようなものです。
舞台裏で見た制作現場
リハーサル風景から学んだこと
稽古場では、俳優やスタッフとの意見交換が日常茶飯事です。あるとき、照明スタッフから「この場面は影を強調するとキャラクターの葛藤がより伝わる」と提案され、急遽演出を変更したことがありました。
また、俳優から「このセリフはもっと短くした方が感情が伝わる」とアドバイスを受け、現場で台本を書き直した経験もあります。
こうした現場の“生きたやり取り”が、舞台作品のクオリティを大きく左右することを実感しました。
このような現場での柔軟性もまた、舞台制作ならではの魅力だと感じました。
スタッフとの連携
舞台美術や照明、音響など、多くのスタッフとの連携も欠かせません。それぞれが専門的な知識と技術を持ち寄り、一つの作品としてまとめ上げていく過程には多くのドラマがあります。
私は照明スタッフとの打ち合わせで、「このシーンでは光と影によってキャラクターの内面を表現したい」という要望を伝えました。その結果、生まれた演出効果は観客からも高い評価を受け、大きな達成感につながりました。
音響スタッフとの打ち合わせは、稽古が始まる前に丁寧に行います。また、稽古が始まると、欲しい音が出てきます。
汽車のレールがきしむ音、流れ星が落ちる音、砂浜に打ち寄せる波音、嵐の音など、生の舞台には音響効果は大きいです。
衣装効果は大きいです。衣装付き稽古になってくると、まるで衣装を変えることもあれば改善することもあります。
舞台は生き物ですから変更はつきものです。変わることで良い舞台を作れるのです。
観客へのメッセージ
物語として楽しむだけではない魅力
ミュージカルは単なるエンターテインメントではなく、人間としてどう生きるべきかという普遍的な問いかけでもあります。その背景には多くの人々による努力と情熱があります。
未経験でも、舞台脚本は書ける|あなたの物語を舞台に
私は、脚本学校に通っていません。 でも、現場で俳優と向き合い、何度も書き直し、 “舞台で生きる言葉”を探し続けてきました。
もし、あなたが「舞台脚本を書いてみたい」と思っているなら、 経験がなくても、始められます。 そして、あなたにしか書けない物語が、きっとあります。
おわりに|脚本家は“挑戦する価値がある”仕事です
脚本家という仕事は、決して楽ではありません。 迷いもあるし、壁にもぶつかります。 でも――それ以上に、得られるものが大きい。
自分の言葉が舞台で生きる瞬間。 俳優と共に物語を育てる時間。 観客の心に届いたときの感動。 それは、何にも代えがたい喜びです。
だからこそ、私は伝えたい。 恐れずに挑戦してほしい。 経験がなくても、年齢に関係なく、 あなたにしか書けない物語が、必ずあります。
脚本家は大変です。 でも、やりがいはその何倍もある。 そして、挑戦した人には、必ず道が開けます。
どうか、あなたの言葉を信じてください。 その一歩が、誰かの心を動かす舞台になるかもしれません。

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