劇団天童を率いてこれまで百作を超える児童劇を手がけてきました。 そのなかで感じてきたのは、アンデルセン童話が教育現場において極めて豊かな教材になるということです。
私は研究者としても長くその意義を探り続け、授業や演劇活動を通じて伝えてきました。
童話は「心の教材」
初めて子どもたちとアンデルセンの物語を読む時間を持ったとき、彼らが物語に吸い込まれるように聞き入り、心を震わせる姿に深く印象づけられました。
そこには、悲しみと希望、夢と現実が入り混じる世界を通して、子ども自身が心の強さややさしさを確かめる時間がありました。 童話は単なるお話ではなく、心の成長を支える“体験の場”なのだと実感しています。
このような経験が子どもの心の成長に深くつながるため、先生や保護者の皆さまにもぜひアンデルセン童話の魅力を伝えたいと思っています。
アンデルセンはどんな人?夢をあきらめなかった人
ハンス・クリスチャン・アンデルセンという人物は、私にとって単なる童話作家以上の存在です。
彼が生まれ育った環境はとても厳しく、家族は貧しく、学校にもあまり通えませんでした。それでも彼は物語を紡ぐことをあきらめず、自らの苦しみや孤独を題材にして深い感情を作品に込めました。
私が劇団で「マッチ売りの少女」を上演したとき、子どもたちがその切なさに涙し、同時に希望を見つけている姿を見て、アンデルセンの心の強さと優しさを改めて感じました。
彼の人生そのものが創作の土台となっていることをお伝えしたいです。
ハンス・クリスチャン・アンデルセン
1805年〜1875年

コペンハーゲン。チボリ公園を見るアンデルセン像
ハンス・クリスチャン・アンデルセンは、デンマークの小都市オーデンセで靴職人と洗濯女の間に生まれました。
少年期は貧困のなかにありながらも、空想や物語を作ることに心を奪われ、人形劇や歌で自分の世界を表現していました。
学業には恵まれませんでしたが、想像する力を武器に、痛みや孤独を物語へと昇華させていったのです。 その創作の姿勢は「逆境が芸術を生む」ことを体現しており、彼の書いた童話は今も世界各地で読み継がれています。
- 「人魚姫」「みにくいアヒルの子」「マッチ売りの少女」「はだかの王様」「野の白鳥」など、世界中で愛される作品を多数執筆しました。
- 貧しい生い立ちと繊細な感性が、物語に深い感情と哲学を与えました。
アンデルセン童話の特徴的な作風(わかりやすく解説)
「悲しみ」と「希望」がまざる
アンデルセンの作品に共通するのは、哀しみの底に必ず小さな希望が輝いていることです。
『マッチ売りの少女』の冷たい夜にも、灯のような心のあたたかさが感じられます。
『錫の兵隊』では、動かぬ人形が勇気を見せ、子どもたちの想像に命を与えます。
また『みにくいアヒルの子』が示すように、外見ではなく「自分を信じる力」こそが成長の鍵であると伝わります。
これらの物語は、子どもが内面を見つめ、人を思いやる心を育む教育的素材としても価値が高いのです。
現実と空想が混ざった世界観は、大人になった私にも忘れていた感情を思い起こさせ、子どもたちにとっては心の豊かな体験になるのです。
短い間に深いメッセージを伝える力もアンデルセン童話の大きな魅力です。
物や動物に命を吹きこむ
『すずの兵隊』のように、動けない兵隊が恋心や勇気を語ることで、子どもたちは「自分の気持ちを言葉にする」練習ができます。
実際のワークショップで、ある子が「ぼくはすずの兵隊。こわくても、まっすぐ立ってる」と語ったとき、先生方はその子の内面の強さに気づきました。
『赤い靴』では、靴が持ち主の心を映す存在として描かれます。靴の視点に立つことで、子どもたちは「物にも気持ちがある」と感じ、思いやりの心が育ちます。
保育園で「靴の気持ちを考えてみよう」という劇をした後、子どもたちは自分の靴を揃えて置くようになりました。
『ナイチンゲール』では、ナイチンゲールの歌声は、皇帝の涙を誘い、死神を遠ざけます。子どもたちはこの場面を演じながら、「歌や声には人を元気にする力がある」と体感します。
ある子は劇のあと、「ぼくも友だちが泣いてたら、歌ってあげたい」と言いまし
人の心の弱さや強さを描く
- 見た目ではなく、心の美しさがテーマ
- 自己肯定感を育てる
- 例:『みにくいアヒルの子』『裸の王様』
空想と現実がまざる
- 魔法のような世界に、リアルな感情がある
- 子どもも大人も心に響く
- 例:『雪の女王』『絵のない絵本』
短くても深いメッセージ
- 人生や人間関係について考えさせられる
- 読み終えたあとに心に残る
- 例:『赤い靴』『ある母親の物語』
アンデルセン童話の代表作一覧(作風別)
| 作風 | 作品名 |
|---|---|
| 悲しみと希望 | 『人魚姫』 『マッチ売りの少女』『赤い靴』 |
| 命を吹きこむ | 『しっかり者の錫の兵隊』『ナイチンゲール』『空飛ぶトランク』 |
| 心の弱さと強さ | 『みにくいアヒルの子』『裸の王様』『雪の女王』 |
| 空想と現実 | 『雪の女王』『妖精の丘』『絵のない絵本』 |
| 深いメッセージ | 『赤い靴』『影』『ある母親の物語』 |
アンデルセン童話が育てる三つの教育的価値
感情教育(SEL:社会性と情動の学習)に役立つ
SEL(社会性・情動の学び)は、感情を理解し共感する力、他者と協力する力を養う教育アプローチです。
私が劇団で『人魚姫』を題材にしたとき、子どもたちは登場人物の苦しみや葛藤に心を重ね、自分の感情を言葉にするようになりました。
それはまさに、SELが目指す「気づきと共感の学び」の実践でした。
また、舞台を一緒に作る過程で、異なる意見を尊重し合う対人スキルが自然と身についていきました。
物語の中の選択を考える場面では、「もし自分だったらどうする?」と互いに考えを出し合い、責任ある判断の大切さにも気づきました。
これらは学校での勉強とは違う、人としての基礎が育つ貴重な経験だと感じています。
SELは、学力だけでなく「人としての土台」を育てる教育の柱とも言えます。
SELの視点から見る「マッチ売りの少女」「人魚姫」
「マッチ売りの少女」
自己認識(Self-awareness) 少女は寒さや孤独の中で、亡き祖母との記憶や温かい夢を思い出します。自分の感情や願いに正直である姿が描かれ、子どもたちが「自分の気持ちに気づく」きっかけになります。
社会的認識・共感(Social awareness) 通行人が少女に気づかない描写は、社会の冷たさを象徴します。この物語を通して、「困っている人に気づく」「思いやりを持つ」ことの大切さを考えることができます。
対人関係スキル(Relationship skills) 祖母との関係や、誰かに守られたいという願いは、子どもたちに「安心できる関係性とは何か」を問いかけます。
責任ある意思決定(Responsible decision-making) 少女が最後にマッチをすべて擦る選択は、現実逃避とも取れますが、心の安らぎを求めた決断でもあります。
「どんな選択が自分や他者にとって良いのか」を考える材料になります。
「人魚姫」
自己認識と感情の理解 人魚姫は、自分の「人間になりたい」「愛されたい」という強い願望を持ちます。これは自己の価値観や感情を深く理解しようとする姿勢です。
自己管理と衝動のコントロール 声を失ってまで人間になる選択は、衝動的とも言えますが、夢のために犠牲を払う覚悟でもあります。
感情と行動のバランスを取ろうとする姿が描かれます。
社会的認識と共感 人間の世界で孤独を感じながらも、王子や周囲の人々の気持ちを理解しようとする姿勢は、他者への共感の学びになります。
責任ある意思決定 最後に人魚姫は、自分の命を守るか、王子の幸せを願って泡になるかという選択を迫られます。これは倫理的・感情的に非常に深い意思決定の場面です。
子どもたちが物語を通じて他者の感情に触れることで、共感力・思いやり・感情理解が育まれます
- 「みにくいアヒルの子」→ 自己肯定感と個性の尊重
- 「赤い靴」→ 欲望と後悔の物語から、選択の責任を学ぶ
教科書では扱いきれない「心の教育」に、アンデルセン童話は最適です
アンデルセン童話は、「心の深層に触れる文学」として、教育現場での活用に向いています。
教育現場での活用:先生と保護者へのメッセージ
アンデルセン童話は、子どもたちの「心の成長」を支える物語です。 劇団天童では、これらの童話を台本化し、子どもたちが演じることで「表現する喜び」「自分らしさへの気づき」を育てています。
先生方へ
- 読み聞かせや劇化を通じて、子どもたちの内面に寄り添う時間をつくってみませんか?
- 童話は、言葉にならない感情を受け止める“場”になります。
保護者の皆さまへ:
- お子さんと一緒に童話を読むことで、心の対話が生まれます。
- 「どう感じた?」と聞くだけで、子どもの世界が広がります。
おわりに:童話を通じて“やさしさ”を広げる文化運動へ
私が長く児童劇に携わっていく中で感じるのは、「やさしさ」や「協調性」は教科書だけでは育てにくいということです。
それを育む土台として、アンデルセン童話の持つ深いメッセージは無限の可能性があります。
これからも私は、子どもたちが物語を通して心を動かされ、表現力を磨く場を提供し続けたいと思っています。そして先生や保護者の皆さまと手を取り合いながら、「心が豊かな社会」を共に育てていければと願っています。


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