アンデルセン童話には、なぜこんなにも“悲しみ”が流れているのでしょうか。 私は55年以上、保育園・小学校・中学校、そして親子の読み聞かせやミュージカルの現場で、子どもたちと物語を分かち合ってきました。
その中で気づいたのは、悲しみの物語こそ、子どもの心を静かに揺らし、成長へと導く力を持っているということです。

アンデルセンの生家 デンマーク。オーデンセにある

アンデルセンの父親の靴作り道具
デンマーク・オーデンセでアンデルセンの生家に立ったとき、私は確信しました。 「アンデルセンは悲しみを描いたのではなく、悲しみの向こうにある“光”を描いたのだ」と。
この記事では、アンデルセン童話を通して子どもたちがどのように感情を育て、 親子でどんな“心の対話”が生まれるのかを、現場の体験とともにお伝えします。
「悲しみ」というテーマをアンデルセン童話に見る理由
アンデルセン童話には、なぜこんなにも“悲しみ”が描かれているのでしょうか。 私はこの問いを、55年以上、現場で子どもたちと向き合いながら追い続けてきました。
保育園の読み聞かせ、小学校での語り、中学生へのワークショップ、親子のミュージカルづくり。 絵本にも脚本にもし、舞台にも立ち、語りの旅を続ける中で、子どもたちの反応を何度も目の当たりにしてきました。
そして私は、どうしても確かめたくなり、デンマーク・オーデンセにあるアンデルセンの生家を訪ねました。 小さな部屋、質素な家具、貧しさの中で育った彼の足跡に触れたとき、胸の奥が熱くなりました。
「アンデルセンは悲しみを描いたのではなく、“悲しみの向こうにある光”を描こうとしていたのだ」 そう腑に落ちた瞬間でした。
現場で語ると、子どもたちは驚くほど真剣に耳を傾けます。
「寒かったね。でも、おばあちゃんに会えてよかった」 「どうして気持ちを伝えなかったの」 「片足でもがんばったんだね」
その一言一言に、子どもたちが“悲しみの奥にある感情の糸”に触れていることが伝わってきます。
悲しみは、子どもの心を閉じるのではなく、むしろ開いていく。 悲しみは、子どもの“感じる力”を育てる入口になる。
アンデルセン童話は、ただの昔話ではありません。 悲しみを通して、子どもの心に 共感・自己理解・感情の言語化 を育てる物語なのです。
だからこそ私は、今も語り続けています。 アンデルセンの物語が持つ“静かな力”を、子どもたちに届けるために。
悲しみの中で子どもが感じる力
アンデルセン童話を語っていると、子どもたちの表情がふっと変わる瞬間があります。 私はその瞬間を、現場で何度も見てきました。
『マッチ売りの少女』を語ったとき、ある子がぽつりと言いました。「寒かったね。でも、おばあさんに会えてよかったね」
その言葉を聞いたとき、私は胸が熱くなりました。 悲しみを“かわいそう”で終わらせるのではなく、 その奥にある救い・つながり・優しさを感じ取っているのです。
『人魚姫』では、涙をためた子が「どうして気持ちを伝えなかったの」と尋ねてくる。 『すずの兵隊』では、「片足でもがんばったんだね」と兵隊の誇りを感じ取る。
子どもたちは、悲しみの物語に触れると、 自分の中にある“まだ言葉になっていない感情”に気づき始めます。
悲しみは、子どもの心を閉じるのではなく、 心を開き、感じる力を育てる入口になるのです。
「人魚姫・マッチ売り・すずの兵隊」で見える“成長”
アンデルセンの物語は、どれも子どもの心の奥にある“感情の糸”をそっと揺らします。 その揺れが、子どもたちの成長につながっていきます。
『人魚姫』——気持ちを伝える勇気

デンマーク コペンハーゲンの人魚姫像
娘に読み聞かせたとき、涙ぐみながら言いました。 「どうして気持ちを伝えなかったのかな」
その一言から、親子で「気持ちを伝えること」について話し合う時間が生まれました。 悲しみの物語が、子どもに“自分の気持ちと向き合う力”を育てるのです。
『マッチ売りの少女』——悲しみの中に希望を見つける

マッチ売りの少女像 アンデルセン博物館(コペンハーゲン:オーデンセ)
児童館で語ったとき、子どもたちは口々に言いました。 「かわいそう。でも、おばあさんに会えてよかった」 「僕ならマッチを全部あげたのに」
子どもは、悲しみの中にも必ず“希望”や“優しさ”を見つけます。 これは、物語を通して育つ“共感の芽”です。
『すずの兵隊』——言葉にしない思いを感じ取る

「錫の兵隊像」デンマーク・コペンハーゲン
劇にしたとき、兵隊役の男の子が言いました。「好きって言えなかったけど、気持ちは届くんだと思う」
観ていた女の子たちも本音で語り合っていました。 言葉にしなくても伝わる思いがある。 子どもたちは、兵隊の姿を通して“静かな愛”や“誇り”を感じ取っていたのです。
SELの視点(感情・共感・自己理解)
アンデルセン童話で子どもたちが見せる反応は、SEL(社会性と情動の学習)の3つの柱と深く結びついています。
SEL① 感情の認識——自分の気持ちに気づく
「悲しい」「かわいそう」「助けてあげたい」 物語を聞いたあと、子どもは自然と自分の感情を言葉にし始めます。
SEL② 共感——他者の立場に立つ力
「片足でもがんばったんだね」 「僕ならマッチを全部あげたのに」 他者の立場に立つ力が育っています。
SEL③ 自己理解——自分の価値観と向き合う
「どうして伝えなかったの」 その問いは同時に、 “自分ならどうするか” を考えている証です。
アンデルセンの物語は、子ども自身の価値観を照らし出す鏡になります。
家庭での読み聞かせが育てる“心の土台”
家庭での読み聞かせには、現場で長く子どもたちと向き合ってきた私から見ても、特別な力があります。 保育園や学校では見せない表情を、家ではふっと見せることがあるからです。
『マッチ売りの少女』を読んだあと、普段は甘えない子がそっと寄り添ってきた—— そんな話を保護者の方から聞くことがあります。その瞬間こそ、物語が心に触れた証です。
家庭での読み聞かせは、 子どもの心が揺れた瞬間を、いちばん近くで受け止められる時間。
「どう思ったの」「どんな気持ちになったの」
この一言だけで、子どもは安心して感情を言葉にし始めます。
家庭は、心情教育の最高の現場です。 そして、必ず成果が出ます。 私は現場で、その変化を何度も見てきました。
結論:悲しみを通して芽生える共感と心の成長
私は長いあいだ、現場で子どもたちの心の動きを見つめてきました。 その中でいつも感じるのは、 子どもは悲しみの物語に触れたとき、静かに、しかし確かに成長する ということです。
保護者には見えにくい変化も、ふとした場面で表れます。
・妹に優しく声をかけていた ・友だちにそっと手を差し伸べた ・「どうしてあの子、悲しかったのかな」と話し始めた。
その小さな行動の変化に、物語が育てた“心の芽”が見えるのです。
アンデルセンは永遠の人。 悲しみを知っているからこそ、人は安心して感情の波に揺られたくなる。
アンデルセンの物語は、子どもたちの心に寄り添い、 そして大人の私たちにも、静かな灯りをともしてくれます。
悲しみを避けずに語ることで、心が育つ。
これは、55年以上現場で子どもたちと向き合ってきた私の、揺るぎない実感です。
まとめ:悲しみを避けずに語ることで、子どもの心は育つ
アンデルセン童話に描かれる“悲しみ”は、決して子どもの心を傷つけるものではありません。
むしろ、子どもが自分の感情に気づき、他者に寄り添い、そして自分の価値観を育てていくための、静かで確かな入口です。
読み聞かせのあとに生まれる小さなつぶやき—— 「かわいそう」「でもよかった」 その一言こそ、子どもが物語を通して心を動かし、理解し、成長した証です。
家庭での読み聞かせは、心の教育の最高の場です。 安心できる大人のそばで、悲しみの物語に触れたとき、 子どもは自分の中にある優しさや強さを見つけていきます。
そして、アンデルセンの物語はいつもそっと寄り添い、 子どもたちの心に静かな光を灯してくれます。
悲しみを避けずに語ることで、心が育つのです。
保育園、幼稚園、ご家庭で、どうかアンデルセンの“悲しい物語”を読んでください。 子どもの心の奥深くに眠っている意識を呼び起こし、 子どもは安定し、さらに、悲しみの涙を流すことで新たな感情を発見することがしばしばあります。
私は現場で、その瞬間を何度も見てきました。 だからこそ、胸を張ってお伝えできます。
どうぞ躊躇わずに、安心して読み聞かせや劇に取り組んでください。 悲しみの物語は、子どもの心を強く、優しく育てます。

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