「グリム童話って、ちょっと怖いですよね」 そう言われることが、教育現場ではよくあります。
たとえば『赤ずきん』ではオオカミに食べられ、『ヘンゼルとグレーテル』では魔女に捕まる。確かに、現代の絵本に比べると、グリム童話には“怖さ”や“残酷さ”が描かれている場面もあります。
でも私は、劇団天童を主宰し、演劇と絵本教育に55年携わってきた中で、何度も確信してきました。グリム童話は、子どもたちの心を育てる“生きた教材”です。
本記事では、グリム童話の本質と教育的価値、そして、現場での体験を通して、童話が子どもの心にどう働きかけるのかをお伝えします。
Q. なぜグリム童話は“怖い”のに教育に良いの?
A. 怖さは“避けるもの”ではなく“感じるもの”
子どもたちは日々、嬉しい・悲しい・悔しい・怖いといった感情を経験しています。 けれど、それを言葉にするのは意外と難しいもの。特に「怖い」という感情は、否定されたり、避けられたりしがちです。
実践例①:『赤ずきん』で“怖さ”を言葉にできた瞬間
たとえば、ある保育園で『赤ずきん』の劇を行ったときのこと。 赤ずきん役に選ばれた女の子は、普段はおとなしく、自分の気持ちを言葉にするのが苦手でした。
オオカミに出会う場面で「こわい…でも、おばあちゃんに会いたい」とセリフを言う練習を重ねるうちに、「私も、昨日お母さんに怒られて悲しかった」と、自分の気持ちを語り始めたのです。
劇の中で怖さを演じることで、彼女は自分の感情を受け止め、言葉にする力を身につけていきました。 発表会では堂々とセリフを言い切り、観客の保護者から大きな拍手が送られました。

「あかずきん」浜島代志子・文 山本志津・絵 えほん教育協会刊
絵は100円ショップで買った折り紙を切って作っています。子どもが簡単に絵本を作れます。ぜひ、やってみてください。上手に作ることより、楽しんで作ることが大切です。
実践例②:『ヘンゼルとグレーテル』で“怖さ”を乗り越えた男の子
別の幼稚園で『ヘンゼルとグレーテル』の読み聞かせをしたときのこと。 魔女が登場する場面で、年中の男の子が泣き出しました。
先生方は心配しましたが、私はそっと語りかけました。 「怖かったね。でも、ヘンゼルはどうしたかな?」
すると彼は涙をぬぐいながら「勇気出して逃げた」と答えました。 その後、「ぼくも、怖い夢見たけど、朝になったら大丈夫だった」と話してくれました。

「ヘンゼルとグレーテル」文・浜島代志子 人形制作・構成 浜島代志子 絵…赤峰史郎 えほん教育協会 刊 人形劇で公演した人形を撮影して絵本を作りました。人形が立体的なので臨場感があり、子ども達に人気です。
Q. グリム童話の“怖さ”は、子どもに悪影響では?
A. いいえ。怖さは“心の成長のきっかけ”になります
グリム童話の“怖さ”は、ただの恐怖ではありません。 それは、子どもが自分の感情に気づき、乗り越える力を育てるための大切な要素です。
怖さを避けるのではなく、感じて、語って、受け止める場を教育の中にこそつくっていきたいのです。
グリム童話の本質とは?
──子どもの心に“生きる力”を灯す物語
グリム童話の本質は、「人間の本質を子どもの心に語りかけること」です。
善と悪、勇気と恐れ、孤独と助け合い—— それらは、子どもたちがこれから生きていく社会で必ず出会う感情や出来事。 グリム童話は、それを“物語”という安全な枠の中で体験させてくれます。
しかも、ただ教訓を押しつけるのではなく、子ども自身が「怖い」「悲しい」「うれしい」「どうしよう」と感じながら、物語の中で選び、迷い、気づいていく。 心で考え、心で学ぶことができるのが、グリム童話の力です。
SELと童話教育の関係
──物語の中で、子どもは“自分の心”に出会う
SEL(社会性と情動の学習)は、子どもたちが自分の感情を理解し、他者と協力しながら、健やかに生きる力を育てる教育です。 私は、劇団天童として長年現場に立ち、確信しています。 SELは、童話の中でこそ、自然に育まれるものです。
SELの5つの領域とグリム童話の対応
| SEL領域 | グリム童話の例 | 教育的ポイント |
|---|---|---|
| 自己認識 | 赤ずきん | 怖さ・安心・後悔などの感情を言語化する練習に |
| 自己管理 | ヘンゼルとグレーテル | 不安や衝動を乗り越える力を描く |
| 社会的認識 | 星の銀貨 | 思いやり・無償の愛を感じる場面に |
| 関係構築 | ブレーメンの音楽隊 | 仲間と協力する喜びを体験する |
| 責任ある意思決定 | 白雪姫 | 自分の選択がどう影響するかを考えるきっかけに |
私は、子どもたちが物語の中で泣き、笑い、迷い、選び、そして成長していく姿を何度も見てきました。 その姿は、まるで“心の稽古”のようです。
子どもたちの心は、物語の中で、そっと動き出します。 それを見守るのが、私たち大人の役割なのです。
現場からの体験談|子どもが変わる瞬間
『赤ずきん』で“怖さ”を言葉にできた女の子
セリフ練習を通して、感情を語り始めた女の子の変化をお知らせします。「おばあちゃんのおうちに行くの、こわい……」 その言葉を、彼女が初めて口にしたとき、私は思わず息を呑みました。
台本には「こんにちは、おばあちゃん」と書かれているだけ。でも彼女は、何度もその場面になると、足をすくませてしまうのです。
「どうしたの?」と声をかけると、彼女はぽつりと言いました。「オオカミが出てきそうで、こわいの……」
その瞬間、彼女の目に涙がにじみました。 でも、それは悲しみではなく、“自分の気持ちに気づいた”涙でした。私はそっと言いました。「赤ずきんも、きっと同じ気持ちだったよ。こわいって言っていいんだよ」
そこから彼女は、セリフに自分の言葉を足し始めました。「こんにちは……おばあちゃん……ほんとは、ちょっとこわかったの」その声は震えていたけれど、確かに“自分の心”を語っていました。
数日後、彼女は舞台の上で堂々とそのセリフを言いました。 観客の前で、自分の“こわさ”を言葉にして、演じきったのです。
この小さな変化は、SELの「自己認識」と「自己表現」の大きな一歩。 怖さを隠すのではなく、言葉にして、誰かに伝えること。 それが、彼女の心に“安心”と“自信”を育てました。
『白雪姫』で“感情を映す鏡”になった男の子
王妃の怒りに、そっと寄り添った男の子がぼそっと言いました。「王妃って、ほんとは悲しかったんじゃないかな」 その言葉を聞いたとき、私は胸がじんと熱くなりました。
小学校低学年の劇づくりの時間。『白雪姫』の配役を決めるとき、ある男の子が「王妃をやりたい」と手を挙げました。 周囲はざわつきました。「えっ、悪い人なのに?」「女の役だよ?」 でも彼は静かに言いました。「王妃の気持ち、ちょっとわかる気がするから」
練習が始まると、彼は王妃のセリフを何度も繰り返しながら、表情を作っていきました。 「鏡よ鏡、この世でいちばん美しいのは誰?」 その言い方は、怒りよりも、どこか不安げで、寂しそうでした。
ある日、彼がぽつりと語ってくれました。「王妃って、白雪姫がきれいで、うらやましくて、でも自分も認めてほしくて……。 なんか、ぼくも弟がほめられると、ちょっとだけ、そういう気持ちになる」
その瞬間、私は彼が“感情を映す鏡”になっていることに気づきました。王妃の複雑な心を、自分の経験と重ねて理解しようとしていたのです。
本番では、彼の王妃は、ただの“悪役”ではありませんでした。 嫉妬と孤独、そして認められたいという切なる願いが、舞台の空気を震わせました。
観客の先生が終演後に言いました。「王妃の気持ちが、初めてわかった気がしました。あの子の演技、すごかったね」
SELの「社会的認識」は、こうして育ちます。 他者の感情を想像し、理解しようとする力。それは、物語の中でこそ、子どもたちの心に深く根を張るのです。
まとめ:童話教育は“心の稽古”
童話は、善と悪を分けるだけのものではありません。 その奥にある“人の心”を見つめる鏡です。 そして、子どもたちはその鏡を通して、自分自身をも見つけていきます。
最後に|あなたもご一緒にいかがですか?
私の活動も、まだ道半ば。 けれど、体が動く限り、物語とともに歩み続けたいと思っています。
もし、あなたが子どもたちの心に物語の火を灯したいと願うなら、ぜひご一緒しませんか? これまで積み上げてきたノウハウや実践の知恵を、必要な方にお届けしたいと願っています。
どうぞ、気軽にお声がけくださいね。 物語の力を、子どもたちの未来へ。ともに届けていきましょう。

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