アンデルセン童話『パンを踏んだ娘』。 こわくて重たい話だと思われがちですが、子どもたちと劇にしてみると、まったく違う表情を見せてくれます。
高慢さや後悔、やり直す勇気──物語を“体験”することで、子どもたちは自分の心と向き合い、他者の痛みにもそっと寄り添っていきます。
この記事では、実際の稽古や子どもたちの反応、小道具づくりや家庭とのつながりまで、現場での実践をもとにお伝えします。
物語の背景とテーマ
アンデルセン童話『パンを踏んだ娘』の主人公インゲルは、美しいけれど高慢な少女です。 彼女は里帰りの途中、新しい靴を汚したくない一心で、持っていたパンをぬかるみに投げ入れ、それを踏んでしまいます。
この行為が神への冒涜とされ、インゲルは地獄に落ちる罰を受けます。 しかし、物語はそこで終わりません。 インゲルは灰色の小鳥に生まれ変わり、自らの罪を償い続けた末に、天国へと召されるのです。
稽古場で生まれる問いと共感
子どもの問いが、物語を深めていく
毎年、私は子どもたちと『パンを踏んだ娘』の劇をつくっています。 インゲル役の子が、稽古中にぽつりと聞きました。
子ども:先生、なんでパンを踏んじゃいけないの?
私はすぐに答えず、問いを返しました。
先生: きれいな靴を守ることと、パンを大切にすること。どっちが大事だと思う?
子ども:「人に見られてなければ、やってもいいの?」
子どもたちは、セリフを覚えるだけでなく、登場人物の気持ちを自分の中に引き寄せて、何度も話し合いながら稽古を重ねていきます。
共感が生まれる瞬間
ある子が、稽古のあとにこんなことを言いました。
子どもの感想: 昔、私は友だちの気持ちを考えずに行動してしまったことがある。インゲルに共感できた。
演出の工夫:ぬかるみも、沼も、子どもが生み出す
ぬかるみをどう表現する?
稽古の合間、子どもたちが聞いてきました。
子ども: 先生、ぬかるみってどうやって作るの?
私は「新聞紙をくしゃくしゃにして、床に敷いてみようか」と提案しました。 すると、あっという間に子どもたちは動き出し、教室の隅に積んであった古新聞を引っ張り出して、夢中で丸め始めました。

沼:新聞紙を何枚も丸めてくしゃくしゃにする。
足を踏み入れると、くしゃっという音とともに、子どもたちの顔がパッとほころびます。
子ども: うわ、気持ち悪い〜!
でもその体験が、インゲルの気持ちを想像するきっかけになっていきました。
“沼役”の誕生
ある子が言いました。
子ども: 先生、オレ、沼やりたい。インゲルの足を引っ張る役。
先生: どうして?
子ども: そこまでやらなきゃ、インゲルは気づかないと思うんだ。
こうして、台本にはなかった“沼役”が誕生しました。 子どもたちは、物語の中に入り込み、自分の言葉と体で世界をつくっていきます。
小道具は“ありもので”心を込めて
劇づくりにおいて、特別な道具や衣装は使いません。 むしろ、身近にあるものを工夫して使うことが、子どもたちの創造力を引き出します。
たとえば、インゲルが最後に生まれ変わる“灰色の小鳥”は、折り紙でつくりました。 子どもたちは、何度も折り直しながら、羽の角度や色合いにこだわっていました。

*小鳥になったインゲル 折り紙で作る。物語では灰色だが、インゲルは女の子だから、灰色だけでは可哀想だと言って胸元に黄色を入れました。
ぬかるみは新聞紙、地獄の炎は赤とオレンジの画用紙を切って、うちわに貼って扇ぐことで表現。 風で揺れる炎に、子どもたち自身が「うわ、こわい」と声をあげるほどでした。
小道具づくりは、心の準備でもある
小道具をつくる時間は、ただの工作ではありません。 その過程で、子どもたちは物語の世界に入り込み、登場人物の気持ちを想像し始めます。
子ども: この小鳥、インゲルの気持ちが入ってるんだよね。だから、やさしい顔にしたい。
そんな言葉が自然に出てくるのです。 手を動かしながら、心も物語に寄り添っていく。 それが、劇づくりの大切な時間だと感じています。
家庭とのつながり
家で語られる“インゲルのこと”
劇の稽古が進むにつれて、子どもたちの家庭にも変化が現れます。 ある日、保護者の方からこんな話を聞きました。
保護者: うちの子が、夕飯のときに「パンって大事なんだよ」って言い出して。 どうしたのかと思ったら、劇の話をしてくれて…。 私も思わず、パンを粗末にしないようにしようって思いました。
物語を通して、子どもたちの感じたことが、家庭の会話にまで広がっていく。 それは、劇が“発表のため”だけでなく、“生きた学び”になっている証だと感じます。
保護者のまなざしも変わる
劇の本番が近づくと、保護者の方々にも協力をお願いする場面が増えます。 衣装の準備や小道具の手伝い、当日の会場づくりなど、さまざまな形で関わっていただきます。
あるお母さんが、こんな感想を寄せてくれました。
保護者: うちの子が、あんなに真剣に役になりきっている姿を初めて見ました。 家ではふざけてばかりなのに…。 この劇を通して、子どもが何かを感じていることが伝わってきました。
子どもたちの変化を、家庭でも感じ取ってもらえること。 それが、物語を通じた教育の力だと、私は思っています。
視覚化と継続の工夫
教室に物語の世界を広げる
稽古が進むにつれて、教室の壁には子どもたちの描いた絵が増えていきます。 インゲルの表情、地獄の炎、小鳥の羽ばたき── それぞれの視点で切り取られた場面が、教室を物語の世界に変えていきます。
ある子が、こんな絵を描いてきました。 インゲルが涙を流しながら空を飛んでいる絵です。 その羽の先には、小さなパンが描かれていました。
子ども: インゲル、パンを返しに行くんだよ。あの子、ちゃんと変わったんだよ。
その絵を見たとき、私は胸がいっぱいになりました。
終わってからも、物語は生きている
劇が終わったあとも、子どもたちはふとしたときに、インゲルの話を口にします。
子ども: あのときのインゲル、泣いてたよね。 でも、最後は小鳥になれてよかったね。
子ども: またやりたいな。今度は、パンの役でもいいよ!
物語は、終わっても終わりではありません。 子どもたちの中で、静かに、でも確かに、生き続けているのです。
まとめ:やってみてください。きっと、見えてきます。
『パンを踏んだ娘』は、たしかに重たい物語です。 けれど、子どもたちはその重さを、まっすぐに受けとめる力を持っています。 そして、演じることで、物語の奥にある「やり直す勇気」や「人の痛みを想像する力」を、自分の中に育てていきます。
劇づくりは、完成された舞台を目指すものではありません。 むしろ、過程そのものが宝物です。 問い、悩み、工夫し、時に笑い、時に涙する。 その一つひとつが、子どもたちの心を耕していきます。
まとめ:まずは、やってみてください。きっと、見えてきます。
『パンを踏んだ娘』は、たしかに重たい物語です。 けれど、子どもたちはその重さを、まっすぐに受けとめる力を持っています。 そして、演じることで、物語の奥にある「やり直す勇気」や「人の痛みを想像する力」を、自分の中に育てていきます。
劇づくりは、完成された舞台を目指すものではありません。 むしろ、過程そのものが宝物です。 問い、悩み、工夫し、時に笑い、時に涙する。 その一つひとつが、子どもたちの心を耕していきます。
そして、私たち大人もまた、「やり直すことの尊さ」や「赦しのまなざし」の意味を、あらためて問い直すことになるでしょう。

コメント