「挑戦してみたいけれど、本当にできるのかな…」──これは、私が演劇指導を続けてきた中で、何度も耳にしてきた先生や保護者の声です。私自身、初めて子どもたちと『白雪姫』を作った日のことを今でも鮮明に覚えています。教室の隅で声を出すのを恥ずかしがる子、練習中に突然泣き出す子、そして思いがけず堂々とセリフを言う子…。その一人ひとりの姿は、まるで小さな物語を見ているようでした。 私は50年以上、児童劇や絵本教育に関わり、台本・演出を数えきれないほど手がけてきました。毎回感じるのは、「舞台は子どもの心を映し出す鏡になる」ということです。演劇は、教科書や授業では引き出せない感情や可能性を、一瞬で輝かせます。
白雪姫は“心を育てる物語
”SELの視点から見た白雪姫の教育的価
『白雪姫』は、単なる昔話として読むこともできますが、舞台で演じると、その奥に隠れた教育的な力が浮かび上がります。演劇教育の分野では、社会性や感情の発達を促す学びを「SEL(Social and Emotional Learning)」と呼びます。これは、自己理解・感情のコントロール・人との関係作り・思いやりの育成など、人生を豊かにする力を育てる考え方です。 『白雪姫』には、嫉妬・友情・信頼・恐れ・勇気といった、子どもたちが実生活でも経験する感情がすべて詰まっています。舞台練習を通して、子どもたちはこれらの感情を“安全な場”で試し、乗り越える練習ができるのです。
嫉妬・孤独・恐れ——感情を言葉にする練習
王妃が抱く嫉妬心、白雪姫が感じた孤独、命令に葛藤する狩人──これらは、決して遠い世界の感情ではありません。ある年、小学4年生の女の子が王妃のセリフを練習している時に立ち止まり、ぽつりと言いました。「これって、友だちに無視されたときの気持ちとちょっと似てる…」と。彼女はその後、セリフを大きな声で言えるようになり、「もう一回やっていい?」と何度も繰り返しました。感情を理解すると、子どもはその役に自分の心を重ね、より深く演じられるようになります。
他者との関係性——共感と信頼を育む
白雪姫が出会う七人の小人たちとの関係は、信頼・協力・思いやりの象徴です。 小人たちは、白雪姫を受け入れ、守り、助け合います。
この場面を演じることで、子どもたちは「他者との関係性」を体験的に学びます。 SELの「社会的認識」「関係スキル」が、自然と育まれていくのです。
「あなたを助けたい」 「一緒に暮らそう」 そんなセリフを通して、人とつながる喜びを感じることができるのです。
選択と行動——自分で決める力を育てる
白雪姫は、自分の命を守るために逃げ、小人たちと暮らすという選択をします。 王妃もまた、自分の欲望に従って行動します。
この「選択と行動」の連続は、SELの「責任ある意思決定」の学びにつながります。 劇の中で「どうする?」「どっちを選ぶ?」と考える時間が、子どもたちの判断力と倫理観を育てるのです。
白雪姫は、自分の命を守るために逃げ、小人たちと暮らすという選択をします。 王妃もまた、自分の欲望に従って行動します。
この「選択と行動」の連続は、SELの「責任ある意思決定」の学びにつながります。 劇の中で「どうする?」「どっちを選ぶ?」と考える時間が、子どもたちの判断力と倫理観を育てるのです。
「白雪姫」は、SELの5つの領域—— 自己認識・自己管理・社会的認識・関係スキル・責任ある意思決定——をすべて含んだ、まさに“心を育てる物語”。
だからこそ、先生方にはぜひ、この物語を“教育の道具”として使っていただきたいのです。 劇を通して、子どもたちの心が動き、育ち、輝き出す瞬間を、ぜひ現場で体験してみてください。
台本づくりのポイント|感情を軸にセリフを設計する
白雪姫の劇台本をつくるとき、私が最も大切にしているのは、子どもが“心で話せるセリフ”にすることです。 物語の流れや登場人物の数よりも、まず「この役はどんな気持ちで動いているのか?」を一緒に考えることから始めます。
感情からセリフを生み出す
たとえば王妃のセリフ「鏡よ鏡、この世でいちばん美しいのは誰だえ?」 この言葉の裏には、不安・嫉妬・孤独といった複雑な感情が隠れています。
私は、子どもたちとこんなふうに話し合います。
「王妃は、なんで鏡に聞いたのかな?」 「白雪姫がきれいって言われたら、どんな気持ちになる?」
すると、ある男の子がこう言いました。 「王妃って、さみしかったんだと思う。誰かに認めてほしかったんじゃないかな」
この言葉をヒントに、セリフをこう書き換えました
「鏡よ鏡……私の心は、誰よりも美しいですか?」
この一文に、王妃の“心の叫び”が込められます。 セリフは、感情を映す鏡なのです。
台本は、子どもが「言わされる」のではなく、「言いたくなる」言葉であることが大切です。 私は、セリフを短く、でも感情がこもるように設計します。
たとえば白雪姫のセリフも、こう変えます:
「こわいけど……逃げなきゃ」 「ひとりぼっちでも、信じてみる」
こうした言葉は、子どもたち自身の経験と重なりやすく、心から話すことができるのです。
実際に、白雪姫役の女の子がセリフ練習をしているとき、 「私も、ひとりで寝るのがこわかったことある」と語り始めたことがありました。
その瞬間、劇は“演技”ではなく、“心の体験”に変わったのです。
台本づくりは、ただの準備作業ではありません。 それは、子どもたちの心を見つめ、言葉を紡ぐ教育そのものです。
先生方、ぜひ「このセリフは、どんな気持ちから生まれたのか?」という視点で、台本づくりを始めてみてください。 きっと、子どもたちの中にある“語りたい気持ち”が、静かに動き出します。
配役の決め方|“演じたい気持ち”を尊重する
見た目や性格ではなく、役への共感で選ぶ
子どもがその役に「なりたい」「やってみたい」と感じる気持ちは、その役の心に共感した証です。 見た目や性格で配役を決めてしまうと、子どもは“演じさせられる”感覚になりがちですが、 役への共感から選ばれたとき、子どもはその人物の気持ちを自分の中で育てながら演じることができます。
それは、演技を超えて、心の成長につながる体験になります。 「この役の気持ち、わかる」「やってみたい」と語る子どもの声には、 すでにその役の“心”が芽生えているのです。
王妃役を希望した男の子のエピソード
配役を決めるとき、私はまず「どの役をやってみたい?」と全員に聞きます。ある年、控えめな男の子が真っ先に手を挙げ、「王妃がいい」と言いました。その瞬間、クラス中が驚きでざわつきました。 「王妃はこわい人だよ?」と友だちが声をかけると、彼は少しうつむきながら答えました。「悪いことしてるけど、ほんとは寂しい人なんだと思う。だからやってみたい」。 練習が始まると、彼は大声で怒鳴るのではなく、少し震える声で「鏡よ鏡…私の心は誰より美しいですか?」とつぶやきました。その瞬間、教室全体が静まったのを覚えています。 舞台当日、彼の演技に保護者が涙を浮かべ、大きな拍手を送りました。この経験は、彼だけでなく、クラスのみんなに「人の気持ちを理解することの大切さ」を伝える場になったのです。
4. セリフ練習は“心の言葉”を引き出す時間
感情を言葉にする練習=自己認識の育成
子どもが「うれしい」「かなしい」「くやしい」「こわい」といった感情を、自分の言葉で表現できるようになることは、単なる語彙の習得ではありません。それは、自分の内面に目を向け、心の動きを理解しようとする「自己認識」の第一歩です。
感情を言葉にする練習は、自分の気持ちを整理し、他者との違いを受け入れる力を育てます。 「なんで泣いてるの?」と聞かれて、「わからない」と答える子が、「さみしかったから」と言えるようになる瞬間。そこには、自分自身を理解しようとする意志が芽生えています。
自己認識が育つと、子どもは自分の感情に振り回されるのではなく、向き合い、選択できるようになります。 それは、衝動的な行動を減らし、対人関係を円滑にする土台にもなります。
つまり、感情を言葉にする力は、心の地図を描く力。 その地図があることで、子どもは自分の現在地を知り、どこへ向かいたいかを考えられるようになるのです。
白雪姫役の女の子が「ひとりぼっちの気持ち」を語り始めたエピソード
ある年、白雪姫役になった女の子が、森のシーンで突然セリフを止めました。私が「どうしたの?」と聞くと、小さな声で「白雪姫って、ほんとに心細かったと思う。私、家でひとりになるとき、それに似た気持ちになる」と話し始めました。 そこから彼女は、自分の経験を物語に重ね、「でも、動物が来てくれると元気になれるの、わかるな」と笑顔を見せました。この時間は、台本を超えた“心の対話”でした。練習が終わったあと、別の子が「私もそういう気持ちある」と話し出し、気づけば教室全体で感情を語り合う時間になっていました。
舞台で輝く瞬間——子どもたちの変化と保護者の涙
舞台の上で、子どもたちは変わります。 最初はセリフも小さな声で、立ち位置もおぼつかない。けれど、稽古を重ねるごとに、彼らの目が変わっていくのです。仲間と支え合いながら、失敗を乗り越え、少しずつ自信をつけていく姿。 その瞬間に立ち会えることが、私にとって何よりの喜びです。
本番の日。 照明が灯り、音楽が流れ、幕が上がる。 緊張で震える手を握りしめながら、それでも舞台に立つ子どもたち。 その姿は、もう「演じている」だけではありません。 彼らは、自分の力で物語を生きているのです。
客席からは、すすり泣く声。 終演後、保護者の方々が涙を拭いながらこう言ってくださいます。
「うちの子が、こんなに堂々と人前に立てるなんて…信じられません」 「舞台の上で、あんなに輝いている姿を見て、胸がいっぱいになりました」 「家では見せない表情を、ここで初めて見ました。ありがとうございます」
その言葉を聞くたびに、私は胸が熱くなります。 この場所が、子どもたちにとって「自分を信じる力」を育む場になっていること。 そして、保護者の方々にとっても、わが子の新たな一面に出会える場であること。 それが、私がこの現場に立ち続ける理由です。
舞台は、ただの発表の場ではありません。 子どもたちが自分を乗り越え、誰かに何かを届けようとする「挑戦の場」。 その一歩一歩に寄り添えることが、私の誇りです。
まとめ:演劇はSELの実践そのもの——子どもたちの“心の旅”に寄り添って
演劇は、子どもにとって“第二の教室”です。舞台の上では、教科書には載っていない学びが起こります。自分の感情に気づき、人にどう伝えるかを考える。仲間の失敗を励まし、一緒に喜びを分かち合う。そうした一つひとつが、これからの人生で必ず役立つ力になります。 『白雪姫』を通して、子どもたちは「できない」と思っていた壁を越え、新しい自分に出会います。その瞬間を間近で見ることは、指導者にとって大きな喜びです。私はこれからも、この小さな心の旅の伴走者でありたいと思っています。
演劇は、子どもたちの心を育てる学びの場。 感情を表現し、仲間と協力し、自分を信じる——それはまさにSEL(社会性と情動の学び)の実践です。
白雪姫の舞台を通して、子どもたちは自分の中にある「できる力」に気づいていきます。 恥ずかしがり屋だった子が堂々とセリフを言い、仲間を思いやる姿に、私たち大人は何度も心を打たれます。
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