墓参りが教えてくれた:アンデルセンからエリック・カールへ創作の繋がり

デンマークが誇る童話作家、ハンス・クリスチャン・アンデルセン。『人魚姫』や『みにくいあひるの子』といった彼の作品は、子どもから大人まで多くの人々に愛され続けています。

そんな彼が眠る場所、コペンハーゲンのアシスタンス墓地を訪れる機会がありました。

この旅は単なる観光ではなく、私自身が彼から受け取った影響への感謝を伝えるためでもありました。

アンデルセンの物語は私にとって人生の指針となり、その創作活動や哲学に触れることで、自分自身も豊かなインスピレーションを得ることができました。

アンデルセン研究生活、アンデルセン作品のミュージカル製作と公演、子供達へのアンデルセン絵本の読み語り、アンデルセン絵本制作を行う上で、彼から生きる指針を与えられました。

だからこそ彼の足跡を辿り、創作への感謝と敬意を直接、伝えたいと思ったのです。

彼の作品は150年以上経った今でも読み継がれ、多くの人々に感動を与えています。

世界の絵本作家,エリック・カールの『はらぺこあおむし』は、『みにくいあひるの子』が土台になっているのです。

はらぺこあおむし表紙

『はらぺこあおむし』エリック・カール作 もりひさし訳 偕成社刊

エリック・カールさんが貧しい少年時代におじさんがいつも励ましてくれたそうです。「おまえは、今はみにくいあひるの子だが、いつか白鳥になる!自分を信じて絵を描きなさい」と。

この話は初来日された時に(1985年)、エリック・カールさんから直にお聞きしてたいへん驚きました。アンデルセンの影響は時代を超え、国を超えて結実したのです。

エリック・カールさん

エリック・カールさん

1929年6月25日にアメリカのニューヨーク州シラキュースで生まれました。2021年5月23日没。

彼の人生を締めくくる場所である墓地を訪れることは、アンデルセンの創作への敬意を表す特別な体験でした。

本記事では、コペンハーゲンにあるアシスタンス墓地でのアンデルセンの墓参りについて、私自身の体験談とともに詳しくお伝えします。

アシスタンス墓地とは?

コペンハーゲン市内にある歴史的な墓地

コペンハーゲン市内にあるアシスタンス墓地(Assistens Kirkegård)は、一見すると公園のような開放的な空間です。

この歴史ある場所には、多くの著名人が眠っており、その中には哲学者ソーレン・キルケゴールや童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンも含まれます。

私が訪れた日は春の日差しが心地よく、緑豊かな木々と花々が墓地全体を包み込み、小鳥も優しげな声で鳴き、穏やかに飛び回っていました。

  

高い木の間の一本道を歩いて行くと、アンデルセンのお墓の標識があります。

地元の方々が散歩やピクニックを楽しむ姿も見られ、「ここで安らかに眠るアンデルセンは幸せだろう」と感じさせられるほど穏やかな場所でした。

  

どなたのお墓かわかりませんが、花が植えられていました。バスケットを持った人が4、五人、楽しそうにお墓参りをされていました。

アンデルセンのお墓への道

広大なアシスタンス墓地内でアンデルセンのお墓を見つけた瞬間、その静謐な佇まいに胸が熱くなりました。

周囲には色鮮やかな花々が手向けられており、それぞれがお墓参りに訪れた人々から贈られたものだそうです。

墓石には「Hans Christian Andersen」という名とともに、「神によって創られた魂は永遠であり、不滅である」と刻まれていました。

アンデルセンの詩も刻まれており、「肉体は滅びても魂は生き続ける」という言葉で締めくくられています。

この言葉には彼自身の深い信仰心と、生涯を通じて追求した希望や永遠への思いが込められているようでした。

その場で手を合わせながら、「あなたの物語によって救われた人々がどれほど多いことでしょう」と心から感謝しました。

知人の女性が最愛の母を亡くして悲しみにくれていた時、私は「マッチ売りの少女」の絵本をプレゼントしました。

母はいなくなったけれど天の国で生きている。いつか、天の国でお母さんに会えるから泣かないでがんばる、と語ってくれました。

『マッチ売りの少女』

トリル・マレ・ヘンリクセン 絵 中嶋典子訳 いのちのことば社刊

アンデルセン博物館のマッチ売りの少女。足元にうずくまっている小さな女の子の足は靴を履いていません。頬は薄いピンクに染まっています。

あまりにもリアルでドキッとします。思わず彼女の頭を撫でて話しかけたくなります。もしいらっしゃる機会があれば、ぜひ、この子に会ってきてください。

アンデルセンの信仰 :キリスト教です。彼の母親は非常に信心深い人物で、アンデルセン自身も幼少期から宗教的な影響を受けて育ちました。一方で占いも信じていました。

父親が病気になったとき、母親はアンデルセンを森の占い女のところに行かせ、「父親が助かるかどうかを聞いてくるように」と言ったのです。

このことはアンデルセンが自伝で書いています。

 お墓への標識 左方向に歩きます

ノアポート駅(Nørreport Station)からアシスタンス墓地(Assistens Cemetery)までは、徒歩で約10分ほどです。

駅を出てからまっすぐ進むだけで、の道を左に曲がって、しばらく歩くとアンデルセンのお墓があります。

 アンデルセンのお墓

アンデルセンのお墓石周辺には色鮮やかな花々が植えられており、それぞれがお墓参りに訪れた人々によって手向けられたものだと聞きました。

私自身も切り花を持参していましたが、それをどうすればいいか迷っていると、一人の品の良いデンマーク人女性が声をかけてくれました。

「どこから来たんですか?」という問いから始まり、日本から来た理由やアンデルセンへの思いについて語り合うひと時となりました。

『パンを踏んだ娘』についてどう思いますか。自分はこの物語は今のデンマークのおとなにも子供にも必要な内容だと思う。日本の子供達にとって必要だと思いますか。

子供の時にこのお話を聞かせておく必要があると思う、と答えると、その女性は深くうなづきました。

アンデルセンのお墓で感じたこと

アンデルセンのお墓参りは,私自身にも深い影響を与える経験でした。特に感じたことは「創作への敬意」というテーマについてです。

彼が描いた物語は単なる娯楽ではなく、人々に希望や勇気を与えるものでした。その背景には彼自身が抱えていた孤独や苦悩があったこと、この旅で改めて実感しました。

静けさと創作への敬意

アンデルセンのお墓周辺は非常に静かで、鳥のさえずりだけが聞こえる穏やかな場所でした。その静けさの中で、「彼が生み出した物語は、この静寂から生まれたものなのかもしれない」と感じました。

彼の作品には孤独や苦悩が描かれることも多く、それらがこの場所で安らぎを得ているようにも思えました。

私は花束を手向けながら、「あなたの物語によって多くの人々が救われました」と心の中で語りかけました。この瞬間、自分自身も彼から何かしら力を受け取ったような気持ちになりました。

現地ガイドから聞いたエピソード

現地ガイドとの会話では、アンデルセンのお墓には毎年多くのファンや観光客が訪れると聞きました。

特に彼の誕生日(4月2日)や命日(8月4日)には記念イベントも開催され、多くの人々がその功績を讃えるそうです。

また、生前彼自身が「自分のお葬式には子どもたちにも来てほしい」と語っていたというエピソードにも感銘を受けました。

この話を聞きながら、「子どもの純粋さ」を何よりも大切にしていた彼だからこそ、このような願いを抱いていたことに納得しました。そして、この純粋さこそ彼の作品世界そのものだと再認識しました。

 

 

アンデルセンのお話に聞き入る子供達 アンデルセン博物館にあります

私自身の体験談

デンマーク旅行とアンデルセン巡り

私自身、この旅ではデンマーク国内を巡りながらアンデルセンゆかりの地を訪問しました。

オーデンセでは彼の生家博物館を見学し、コペンハーゲンではデンマーク国立劇場など彼と関わりの深い場所にも足を運びました。

アンデルセンの生家。ほんとうに小さいです。

旧市街地の東側のエリアにあります。

博物館の正面。

アンデルセンの絵。ほぼ実物大だと思われます。背が高いので、子供時代にはからかわれ、

とても気にしていました。足元にはアンデルセン愛用のブーツが飾ってあります。

そして、このアシスタンス墓地で旅を締めくくることで、自分自身も「アンデルセンという人物」をより深く理解できたように感じています。

お墓参りから得たインスピレーション

彼が描いた物語は単なる娯楽ではなく人々に希望や勇気を与えるものでした。

その背景には彼自身の苦悩や努力があったことを、この旅で改めて感じました。

おわりに

ハンス・クリスチャン・アンデルセンのお墓参りは、彼への敬意と感謝を表す特別な時間でした。

この経験から得たインスピレーションは、自分自身の日常生活や創作活動にも大きな影響を与えています。

もし、デンマーク旅行をご計画中ならば、このアシスタンス墓地へ足を運び、偉大な童話作家への敬意を表してみてはいかがでしょうか。

アンデルセンという人物とその作品世界についてさらに深く知ることで、新たな発見や感動が得られることでしょう。

そして、その経験こそが私たち自身の日常生活にも豊かさを与えてくれるものだと思います。

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