- はじめに──物語を「読む」から「生きる」へ
幼児教育の現場で、「子どもの変化」を本当に実感できる瞬間はそう多くありません。しかし、物語を「読む」だけでなく「演じる」ことで、子どもたちは驚くほどの成長をみせます。
とくに『ヘンゼルとグレーテル』の人形劇プロジェクトでは、「できない」「恥ずかしい」と感じていた多くの子どもたちが、劇を終えた瞬間から自分の力に気づき、次への意欲を持ち始めました。
本記事では、それぞれの段階・関係者のリアルな言葉・舞台裏や家庭の応援まで、全過程を1万字以上で克明に記録します。
人形劇が幼児教育に必要な理由(わけ)
本好きになってもらいたいと思って、図書館のある市民センターで子供達に一生懸命に読み聞かせをしました。
2冊までは聞いてくれるのですが、もぞもぞ動いたり、大あくびをしたり、寝転がったりする子が出てきます。対話式読み語りにして子供の注意を引こうとしますが、ダメでした。
「まだやるの?」「絵本ばっかりつまらない」幼児は遠慮がありません。ぐさっと来る言葉を浴びせられました。
絵本の絵は動きません。語り手が一生懸命に表現しても絵本の絵は動かないのだから仕方ありません。
動かないから飽きる。人形劇なら終わりまで見てくれる?
幼児はいっときもじっとしていません。集中時間も15分くらい。
ならば、子どもが興味関心を持つ人形劇をやってみよう!そこで人形劇をやってみると、なんと子供達の反応がすごい!立ち上がって人形達に声をかける、悪者人形が登場すると叩きにくる。
良い人形が悪者をやっつけると「よかったね」「えらかったね」、人形劇舞台に近寄ってきて人形を撫でにきたり抱きしめたりするのです。
絵本読み聞かせでは見せなかった子供達の反応にびっくりしました。子供達の感情が動いたのです!
「ヘンゼルとグレーテル」の人形劇の後には必ず「ヘンゼルとグレーテル」の絵本を見せ、「今見たおはなしがこの絵本の中にあるから読んでみようね」と語りかけると食いつきがとても良いのです!
おとなにとっては人形が動くだけかもしれませんが、子供は人形だと思いません。
「魔女がいるよ!」「こわいよ、逃げて!」「魔女なんてやっつけろ!」「お菓子だけ持って逃げろ!」子供達は立ち上がって大騒ぎ。
魔女人形を叩く子、ヘンゼルとグレーテル人形に逃げろと真顔で言う子、「見えないよ、座って!」と叫ぶ子。
わたしも人形を動かしたい!子供の表現力はおとなよりすごい!
終演後、子供達に人形を貸してあげます。子供達が人形をを動かしながらセリフを言っているのを見るといつも驚かされます。
こんな表現があるのか、子どもの方がうまいな、おとなでは考えつかない動かし方とセリフ回しを次の公演でやってみようと思わされます。
子供は私の先生だと強く感じる一瞬。こんな幸せな時間があるから止められないのです。
人形劇を見る側から演じる側へ
「人形劇ってすごい力がありますね。子供達にやらせてみたい。今の子供達は受け身になりがちですが、人形劇を演じることで子供を生き生きと輝かせたい」
「幼児でもできますか?」「もちろん、大丈夫ですよ!セリフを短くして動き中心でいけばできます。アドリブもOKです」
間違いなくやるというより役になりきって感情を育てる、生きる力を養うことが目的、上手下手という見方はしないでいただきたいとお願いして人形劇公演を行うことにしました。
人形劇の本番が終わったあと、保護者も先生も、そして子どもたち自身も、 「こんなに心が動くなんて」「こんなに力が育つなんて」と、驚いていました。
協力する力、気持ちを伝える力、やりきる喜び── 人形劇には、私たちが思っていた以上の“育てる力”があるのです。
わが子の姿に胸が熱くなり、先生たちが「こんな表情、初めて見た」と語り合い、 子どもたちが「またやりたい!」と目を輝かせる。
その場にいた誰もが、「みんなやればいいのにね」と自然に言葉を交わしていました。
だから私は、この記事を書くのです。 人形劇の偉大な力を、もっと多くの人に知ってほしくて── 子どもたちの心の育ちを、舞台の裏側から伝えたくて。
第1章『ヘンゼルとグレーテル』を選ぶ理由
どの家庭・園でも共感できる物語
『ヘンゼルとグレーテル』は、単なる兄妹の冒険譚ではありません。知らない世界に飛び込み、不安や恐怖を感じながらも、兄妹で支え合い、知恵と勇気で困難を乗り切る物語です。
「困難な状況の中でも、何か“しるし”があれば頑張れる」、そのメッセージは今の子にも響きます。
先生同士の会話では、「森で迷うなんて今の子は日常で体験しないけれど、不安や心細さは誰でも感じます」「だから、この話を通して“しるし”の大切さを感じてほしい」と意見が一致しました。
パンクズが“しるし”とはどんな意味があるのかというと、「自分がどこから来たのか」「どこへ帰るのか」という子どもの帰属意識を表しています。
子供はいつも「安心できる場所」を求めています。何か困ったことがあると子どもは「おうちに帰りたい」「ママがいい」と言いますね。
パンクズを道々、置いて行くというのはこどもの不安を消すことにつながるのです。パンクズはこの物語ではとても重要な役割を担っています。
魔女役が子どもの心を試す
心理的に「魔女を演じたい」という子は少数派。しかし、だからこそこの役がSEL(社会性・情動学習)にとって大きな意味を持ちます。
実際に、普段は消極的な女の子が「やってみたい」と申し出る場面がありました。練習では怯えていましたが、クラス全体で声援を送り、本番後「やりきって良かった」と満足げに振り返っていた姿が印象的です。
第2章 読み聞かせで開かれる感情の扉
五感で味わうステージづくり
まずは読み聞かせの時間。部屋の明かりを落とし、森の場面が近づいたら静かに「風がドキドキしているみたいだね」と語り、パンくずの場面ではゆっくり、優しく。
「お菓子の家だ!」の声には絵本に顔を寄せて「どんな匂いがすると思う?」と投げかけ、子どもたちのイメージ力に働きかけます。
対話で生まれる共感と自己認識
読み終わったあとは、「グレーテルはどんな気持ち?」「ヘンゼルだったら何する?」と一人ひとり順に聞きます。
「妹がいればさびしくないです」「魔女に会ったら怖いけど、お兄ちゃんがいるから大丈夫」と自分の思いを口にし、感情や考えを言語化する力が伸びます。これがSEL教育の第一歩です。
第3章 配役・制作の舞台裏
配役で見えてくる社会性
配役決めは小さな社会の縮図です。希望が重なればじゃんけんや相談。「やりたかった」と涙を流す子に、「じゃあ、次の劇で絶対やろうね」と声をかける子もいました。
「主役じゃなくても劇に必要な役はいっぱい」「ぼくは鳥でもいい」といった子もいます。先生の「みんな、一番合う役を考えてみよう」の声が場を和ませます。
「パンクズになりたい」という子がいたのにはびっくり!床にごろんと寝転がってパンクズだよ、と言ったので皆で大笑い!台本にはない役ですが、パンクズ役をつくりました。
大きな役にならなかった子ども達が床に寝転がり、あちへごろごろこっちへごろごろするものですから劇の稽古どころではありません。
それでいいのです。パンクズの重要性をしっかり感じて表現できる子ども達はすごい!幼児期だからできる自由な発想を大事に育ててあげたいと思います。
衣装・小道具制作に広がる家庭との連携
森の木は落ち葉や画用紙で子どもたち自身が作り、お菓子の家の壁にはティッシュの空箱にクレヨンでで絵を描き、チョコレート、キャラメルなどのお菓子の空箱を貼り付け、窓やドアはカラフルな折り紙で飾り付け。
衣装づくりでは「昨日、ママとパンくずの袋を縫ってくれたよ!」「パパが帽子を直してくれた」といった家庭のエピソードが毎日のように聞かれました。
親子で舞台を作るんだ、という情熱がクラス中に満ちていきます。お母さん方も自然発生的に舞台作りスタッフの輪が広がります。
人形劇『ヘンゼルとグレーテル』の本番を終えたあと、子どもたちの中には、まだ物語が息づいていました。
「グレーテルって、ほんとはもっと怖かったと思う」「お菓子の家、あんなに甘い匂いがしたよ」── 舞台の上では語りきれなかった“自分たちのグレーテル”が、子どもたちの言葉の中に広がっていたのです。
そこで私たちは、子どもたち自身の言葉と絵で、物語を絵本にすることにしました。 セリフではなく、自分の感じたことを、自分の言葉で語る。
「グレーテルは、弟を守るためにがんばった」「魔女はちょっとかわいそうだったかも」── その語りには、演じたからこそ生まれた“内側からの物語”がありました。
絵本づくりは、ただの振り返りではありません。 子どもたちは、自分の役や場面を思い出しながら、 「このとき、グレーテルはどんな気持ちだった?」と、互いに問いかけ合います。
そのやりとりの中で、物語の深さに気づき、仲間の視点を知り、 自分の表現が“誰かに伝わった”という実感を得ていくのです。
完成した絵本には、子どもたちの言葉と絵がぎゅっと詰まっていました。 それは、舞台の記録であると同時に、心の成長の記録でもあります。
「この絵本、弟に読んであげたい」「おばあちゃんに見せたい」── 子どもたちは、自分たちの物語を、誰かに届けたいと思ったのです。
人形劇は、演じて終わりではありません。 そのあとに、語り、描き、伝えることで、子どもたちの表現はさらに深まります。
“自分たちのグレーテル”を絵本にすることで、子どもたちは物語の主人公として、 自分自身の心の旅を歩んでいたのです。
簡単な絵本作り:A4サイズの画用紙 100円ショップのでOK 画材。クレヨン、クレパス。B4の鉛筆 下書きする。
やわらいタッチで書ける。折り紙(100円ショップ)切り絵、ちぎり絵にしたい場合。糊
第4章 稽古の日々で変わる子どもたち
稽古初日の“壁”と仲間意識
最初の稽古はほとんどの子が緊張。「声が小さくて届かない」「セリフを忘れる」「動きがちがう」と先生はやさしく指摘します。
でも練習回数が増えるごとに「次は大きな声で!」「パンくず役の順番、ぼくが案内する」など、だんだん自分たちで“進行”や工夫も始まります。
ある男の子は「お兄ちゃん役、うまくできない」と一度落ち込みましたが、「私がグレーテルで助けるよ」と女の子が励まし、2人で秘密特訓していました。
幼児期は女の子がリードすることが多いですね。日頃はやんちゃな男の子が塩らしい顔でグレーテル役の女の子にリードされていて微笑ましく思います。
劇をやったからこそ素晴らしい体験ができたのですね。
稽古の初めのうちは手取り足取りという感じで子どもに接し、緊張を解いてあげ、ちょっとした仕草でも「すごい!良い感じね。役にぴったり!才能あるね!」とオーバーなくらい褒めてあげましょう。
子ども達の顔がパッとかがやいて、ぐんぐん良い表現ができるようになります。注意するより誉めることが子どもを伸ばす秘訣です。
オリジナル化への挑戦
台本通りに動くのが難しい子ほど、「自分で言いたいセリフ」「新しい動き」を考え始めます。
「パンくずを拾うときに歌を歌いたい」「森に鳥の鳴き声を入れたら?」 そうして全体がどんどん“自分の劇”に進化していくのです。
子どものアイデアはストーリィを壊さないかぎり聞いてあげると良いと思います。
一見、脱線のように見えますが子どもの想像力を養うのだから悪いことではないのです。
「余計なこと言わないの。決められたことをきちんとやりなさい」と言わないでいただきたいと思います。
おとなにはとうてい理解できない子どもの想像の世界があるのです。
第5章 本番前夜の成長ドラマ
保護者・先生の支えあい
本番前日、衣装や小道具の最終チェックをする保護者が園に集まります。「息子が帽子を忘れないように名前を書きました」「家で練習しすぎて、声が枯れました」とにこやかに話す保護者。
「今日は最終リハ、がんばろうね」と先生たちが声をかけます。副担任の先生、園長先生、音楽担当の先生もご自分の分野から子どもに声掛けされると、信頼されてる、もっとがんばろう、ぜったい上手くいく、と自信を持てるのです。
先生達の横断的声掛けは、効果がありますからぜひ、やってみてくださいね。
自信と不安の狭間で
「声が出ない…」「間違えたらどうしよう」と不安を口にする子どもたち。
しかし「誰かが助けてくれるから大丈夫」「失敗してもやり直せばいい」と励ます子もいて、自然とチームの一体感が高まっていきます。
第6章 本番当日──舞台に立つ奇跡
幕が上がる前の緊張とワクワク
袖で人形を持ち、「がんばろう!」とハイタッチ。「緊張する…けど楽しみ!」と声が漏れる中、「せーの!」で全員の心がひとつになります。
たった15分ほどの人形劇なのに、その短い間に一人ひとりの“小さな挑戦”が詰まっています。
幕が上がった途端に泣き出した子がいます。
「イヤだ、イヤだ、お家に帰る、ママがいい」けっこう大きな声で泣くので客席にまる聞こえ。
その子の出番はどんどん近づいてくる。イヤだ、お家に帰るはますます大きくなる。私はしゃがんでその子を抱きしめ、涙を拭き「出たくないの?イヤなのね?」囁きます。
うん、こくりとうなづきます。困ったなあ、セリフがあるのにどうしよう。
そのとき、年長さんの子どもがすすっと近寄って、「大丈夫だよ、こわくないよ、一緒に行こう」と顔をくっつけて囁きました。
その子は涙目で年長さんの子を見つめていましたが、こくりとうなづいたのです!そして、出番ぎりぎりのところで舞台に出てゆきました。
涙と鼻でぐちゃぐちゃの顔に笑顔が戻っていました。
すごいなあ、子どもが子どもを育てるのだ。舞台にいる子ども達が誇らしく思いました。劇をしてよかったと心の底から思いました。
劇という舞台があれば子どもはたいへんな成長をするのです。
あの子は上手い、この子は下手だという見方をしてはいけないと思わされました。
舞台裏でよくある出来事ですが、泣いていた子は舞台に立てたことを生涯、忘れることはないでしょう。
手を引いて舞台に誘った子も人を思いやる心で行動したことを一生、誇りに思うでしょう。
本番のハプニング、笑顔、そして涙
ある子がセリフを忘れて沈黙。それを隣の魔女役の子が「大丈夫?」と小声で言い、咄嗟のアドリブで場を持たせました。
パンくずを落とすシーンでは、一気に全部落としてしまい「風が強かったみたい」とアドリブで会場を笑わせる場面も。
うまくできない子が泣き出しても、「失敗しても平気だよ」「次またやろう!」とフォローしあう関係が本番でしっかり形になっていました。
第7章 本番後――歓喜の輪と新しい「自分」
やり遂げた子どもたちの言葉
本番終了後、子どもたちは「全部言えた!」「ちょっと失敗しちゃったけど楽しかった」「怖かったけど最後は大声が出たよ」と拍手したりハグしたり。
幕が上がる前は舞台袖で泣いていた子も、「またやりたい!」と目を輝かせていました。子供達にとっては大きな成功体験になりました。
子どもの頃の劇体験は、おとなになってもうれしい気持ちでまざまざとその光景が思い出されます。
あのときの興奮が一気に蘇り、友達の声、舞台に立った時のわくわく感がリアルな風景として見えてくるのです。そう、古い映画を見るようにね。
子どもの頃の劇体験は人生の生きる土台を築くということです。辛いこと悔しいことがある時には「ヘンゼルとグレーテル」を思い出して、思わず笑顔になって元気を取り戻すでしょう。
子ども時代の劇体験は一生の宝になっているということを知っていただけるとうれしいです。
保護者・先生たちの涙と賞賛
「家では小さな声しか出さないのに、堂々と演じて驚きました」「家族で一緒に作った劇だからの成果」「巻き込まれてイヤだなと思っていましたが、全然違った」「幼児がここまでできるなんてびっくり」「おじいちゃんやおばあちゃんにも見せてあげたかった」と保護者の皆さん感動。
先生は「子ども同士が自然に支え合った。一つの輪ができた。子ども同士が助け合った。
自分達が知らない面が見えてよあった」と感動の涙を流し、先生同士がハグしていました。
第8章 絵本化と家庭での広がり
劇後のふり返りと絵本制作
劇が終わっておしまい、次は来年、またね、で終わってしまうのは勿体無い。貴重な感動体験を何かに落とし込んでおきたいと思いませんか。
終わったあと一人ひとり、自分の役や印象に残った場面、感想を書き、「劇の思い出」や「新しいストーリー」として絵本制作を行いました。
「魔女は最後は寂しかったんだと思う」「パンくずを拾う鳥の気持ちになった」といった新解釈や、劇を通じて生まれた物語が新しい絵本として各家庭に持ち帰られます。
家庭での再現劇と兄弟・家族の参加
家に持ち帰った後、「弟に劇を見せてあげました」「お父さんが魔女役をやってくれて大笑い」など、家族全体が「物語文化」を共有。
保護者同士でも「お菓子の家キットを作りました」「動画をおばあちゃんに送りました」など、家庭のコミュニケーションが広がっています。
第9章 トラブル・ハプニングも「学び」になる
配役や練習での衝突
「どうしても魔女がやりたい」「主役じゃなきゃ嫌」といったぶつかり合いも当然起こります。
ですが「その気持ちをちゃんと伝えてよかったね」「じゃあ次は役を交替しよう」といった落としどころや、先生の「みんな違うからいい」という声かけで、衝突がいつの間にか自己調整と納得の力に変わります。
失敗や涙を乗り越える経験
練習で泣き出してしまう子に「ここで待ってるだけでも大丈夫」と一時的に役を外したり、一旦見学に切り替えてまたチャレンジ、という柔軟な運営も実践しました。
「今日はセリフを飛ばしたけど次はやる」「うまくできずに泣いたけど、友達が声をかけてくれて復帰できた」など、転びながら立ち上がる経験こそ、将来の大きな財産になるのです。
先生や保護者が挫けている子どもが舞台に復帰できるように励ましていくことで子どもは失敗を乗り越えることができるのです。
第10章 SEL(社会性と情動学習)の観点からの分析
人形劇は「生きた社会性育成」の教科書
自己認識:自分の気持ちに気づく力
役になりきることで、「自分はどんなときにうれしい?こわい?」と考えるきっかけになります。 ヘンゼル役の子が「ぼくなら妹を守る」と語ったように、物語を通して自分の心を見つめる力が育ちます。
感情の調整|緊張や不安を乗り越える経験
人前に立つことは、子どもにとって大きな挑戦です。 でも、仲間の励ましや成功体験を通して、「できた!」という自信につながります。 感情を整える力が、自然と身についていきます。
他者理解・共感|いろんな気持ちを体験する
魔女や鳥など、普段とは違う役を演じることで、他者の立場や気持ちを想像する力が育ちます。 「こわがらせるの、ちょっとつらかった」と語った子のように、役を通して思いやりが芽生えます。
協力・共創|仲間と助け合い、喜び合う
セリフを忘れた子にそっと合図を出す、終演後に拍手し合う―― 人形劇は、仲間と支え合う経験を通して、協力する力と絆を育てます。
創造力|物語を広げる楽しさ
台本をアレンジしたり、舞台装置を工夫したり、家で続きを考えたり。 人形劇は、子どもの創造力と表現力を自然に引き出す場になります。
人形劇は、学級や家庭の中で日常的に取り入れられる心の学びの時間です。 子どもたちは、物語を通して自分を知り、仲間とつながり、達成感と記憶に残る体験をしていきます。
感情の調整|大勢の前に立つ緊張や不安をどう乗り越えるか
人形劇の本番が近づくと、子どもたちはそわそわし始めます。 ある年長の男の子は、開演直前に「おなかがいたい…」と小さな声で言いました。
でも、隣の子が「いっしょに出よう。ぼくもドキドキしてるよ」と手を握ってくれたんです。
その子は、震える声で最初のセリフを言い、最後までやりきりました。 終わったあと、「できた!」と満面の笑み。 緊張や不安を乗り越えた経験は、子どもの心に“自信”として残ります。 人形劇は、そうした感情の揺れを受け止め、整える力を育ててくれるのです。
人形劇の練習中、ある子が「セリフ、ぜんぶ覚えられない…」と不安そうに言いました。 すると、隣の子がすぐに「だいじょうぶ!忘れたら、ぼくが目で合図するね」と声をかけてくれました。
本番では、ほんの一瞬セリフが止まりましたが、目と目が合った瞬間、すぐに続きが出てきました。
終演後、みんなで拍手をしながら「○○ちゃん、すごかったね!」と声をかけ合う姿がありました。 誰かがうまくできたときに、自分のことのように喜ぶ――それが人形劇の力です。
協力・共創:助け合うこと、支え合うこと、仲間の成功を心から祝福すること。
人形劇は、そうした“協力する喜び”と“共に創る達成感”を、子どもたちに自然に教えてくれます。
クリエイティビティ:台本アレンジや舞台装置づくり、家庭での独自発展 学級のなかで日常的にSEL教育を実現できる上、達成感と記憶に残りやすい方法です。
専門家のコメント
保育分野の専門家からは「人形劇は『社会性の実地訓練』のようなもの。いじめや不登校のリスクも低減する明るい空間をつくれる。
家庭との接続も強く、保護者の教育参加にも最適」との声をいただきました。
第11章 家庭・地域にまで波及する「物語の力」
保護者・祖父母・兄弟を巻き込む波 「妹がグレーテルごっこを始めた」「父親が魔女で本気を出しすぎて子どもが爆笑」「祖母が小道具製作で張り切る」など、家庭の枠を超えた現象も生まれています。
「家族劇をビデオで撮ってSNSに上げました」「地域のイベントでも劇をしたい」など、波及効果は計り知れません。
地域とのつながり、次の挑戦へ
自治体の子どもイベント・町内会の催し物で「ヘンゼルとグレーテル」劇が採用され、講師として参加した事例もあります。
「人形劇の体験効果を地域で伝えたい」「大人も演じて自分の子ども時代を再発見できた」といった声も広がりました。
第12章 本番後の成長・「次の物語」への跳躍
成長した子どもの新たな顔
本番後、恥ずかしがり屋だった子がクラス委員やリーダーに立候補することが増えました。
親からは「普段言えない話題が家で共有できるようになりました」「兄弟同士で協力するシーンが増えました」という変化も報告されています。
新しい物語への渡航
「またみんなで劇をやりたい!」「次はオリジナルの物語を作って発表してみたい」と、新たなクリエイティブ活動への意欲がどんどん高まります。
物語教育を体験した園児たちは、小学校や家庭で「表現」「協調」「挑戦」を自然に発揮できるように成長していきます。
おわりに──「舞台を降りた後」に本当の学びが始まる
この活動は、発表会で幕が下りた瞬間がゴールではありません。一人ひとりが自分の体験を家族・地域・次の課題へと拡張することで、「演じる」「語る」経験が一生の財産となります。
『ヘンゼルとグレーテル』人形劇を経て得る最大の宝物は「怖かったけどできた」「仲間がいれば大丈夫だった」というリアルな自信です。
大人も子どもも一緒になり、物語を“生きる”体験を日本中でもっと拡げていきたいと思います。

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